秘めたこと

あぷちろ

日記

 貴女が好きだ。

 想い人に決して伝わる事のない、数十回目の一文。

 毎夜に綴る私だけの秘め事。

 私はほう、と短い嘆息をする。ガスストーブの火は落ち、すっかり冷えてしまった自室内で余韻を嚙み締める。

 毎晩ごとの誰にも聞こえない告白、それがなんだか一種の儀式じみていて充足感と程よい疲労を私に与える。

 彼女とは、昨年の春に出会った。同じ女学校に通う生徒で私の一つ上の学年だ。

私が女学校に入学したその日、夕刻の、人気のない藤棚の下でいとおしそうにつぼみを撫でる貴女を見つけて、私の心は奪われた。

 内気な私は声をかけることすらできずに、暫くその場で立ち尽くし、貴女の姿を瞳に焼き付けた。

 貴女を見つけた次の日から、広くて狭い校舎の中で貴女の姿を見つけては目で追い縋る日々が始まった。

 時折、貴女は私を見つける。その度にやさしく微笑み、私の頬を紅潮させた。

 嗚呼、私はなんて卑しい人間なのだろう。暗く濁った独占欲を、抱いてしまう。

 それから、私は毎夜の儀式を始めたのだ、誰にも侵されることのない神聖にて薄く濁ったこの儀式を。

 ――貴女が好きだ。

 貴女が卒業するまであと一年。

 貴女が卒業してしまえば、私との間に繋がった細く華奢な糸はすぐに切れて溶けてしまうだろう。

 せめて、それまでには、このうらぶれた言葉の群れを誰にも気付かれること無く。

 ……願わくば、貴女にさえも知られることなく。

 ……願わくば、貴女にだけは見つかれば良いと。

 春は近く、そして短い。

 

 私は、また筆を執り一文を加える。

 

 この想いが伝わるのならば、この想いを伝えられるのであれば、

 その時は、私をどうか正しくお見つけください。


 私は暗く、それでいてどれほどもなく純粋なる想いを抱き眠りに落ちた。




おしまい

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