1-55 異世界旅行代理店

 旅行代理店という仕事は想像以上に業務の多い仕事だった。

 まずは毎日新規予約や変更希望のチェック。『異世界旅行』という特殊なプランだからそこまで数は多くないが、それでも毎日五~十件程度の問い合わせをさばかなくてはならない。

 見積を出したり、プランの説明をしたり、場合によっては電話や店頭で事細かに説明が求められることもある。システム化されておらず、完全に人力でやり取りを行っているから、予約の受付をするだけでも一苦労だった。

 それが終わると、今度は直近のツアーの確認作業。行先の確認や周辺情報のチェック、治安調査や安全対策なども行う必要があった。

 現地行動がフリーのツアーならそこまでやることはないが、ガイドとして案内が求められる場合は事前にその土地の歴史やちょっとしたうんちくなんかも頭に入れておかなければならない。

 そうした情報は店に置いてある大量の文献を当たるか、現地に行って話を聞くしかない。そうした実地調査も僕たちの仕事だった。

 そしてもちろん実際に添乗員として旅行に帯同することもある。最初のうちは栖原主導で、あくまでも手伝いとして同行する形となっているが、ゆくゆくはここも一人で対応しなくてはならないとのことだった。

 栖原は毎日涼しい顔でスパルタ指導をしてきた。怒るようなことはないが、できる前提で話を進められ、不気味な笑みで強い圧をかけてくる。

 僕が声にならない悲鳴を上げながら何とか仕事をこなしている横で、実玲奈は平然とした様子で同じ量の仕事をテキパキとさばいていた。聞くと彼女はまだ十六歳だったので、僕より四つも年下なはずなのだが、数日経つと栖原と遜色ない仕事ぶりを見せていた。

 そんなバタバタな日々を送りながらも、僕は充実感に満たされていた。ずっと居心地の悪さを感じながら生きていたが、この世界と異世界との間にある奇妙な店にようやく自分の居場所を見つけることができた気がした。

「おや、お客様のようですね。絵人さん、行ってきてもらえますか?」

 来客を告げるベルが鳴った。僕は一旦作業を止めて、店の入り口の方へ歩いていく。

「いらっしゃいませ。異世界旅行代理店へようこそ」

 すでに口馴染んだ挨拶を口にしながら、入ってきた若いカップルに名刺を差し出す。

「体験したことのない〝異世界〟への旅にご案内させていただきます」

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異世界旅行代理店 紙野 七 @exoticpenguin

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