第168話 アンナVSニア(後編)

 トバルの街に着いた夏希達。その頭上にはどす黒い暗雲が立ち込めていた。


「さあ、それじゃあ野菜を売りにお得意さんの所に行くぞ」


 そう言って馬車を走らせるネネ。そしてなにかを探すようにキョロキョロと周りを見渡すアンナ。それからビールを飲んでいい気分になって真っ赤な顔で歌っているラグとスズランにアイアンクローをしている夏希。もう馬車の上ではお祭り騒ぎだ。


「もうー、どこにいるの?一撃必殺の弓矢を構えて待ってるのに!」


 アンナはいつの間にかその手に弓矢を持ち、プルプルと腕を震わせ構えている。(アンナちゃん、それはどうかと思うよ?)


「アンナ、街中で矢じりが付いた弓を構えるのは駄目なのじゃ。だから先端にアンナが作った食べ物を付けるのじゃ。そうすれば‥‥ぶふっ、い、イチコロなのじゃ」


「私の手作りは夏希お兄ちゃんをイチコロにする為なの!メス猫なんかに食べさせてあげないもーんだ!」


 そう言ってアンナは疲れたのか弓矢を構える事をやめ、スズランの隣に行ってちょこんと女の子座りをして話し始めた。


「ねえ、スズランちゃん。あのメス猫はどこに居ると思う?」


 そのスズランはアイアンクローで痛めたおでこを擦りながら答えた。


「そうじゃのう。今の時間なら冒険者ギルドかもしくは仕事を終えて孤児院に戻ってる頃だと思うのじゃ。まずは冒険者ギルドかの?」


 それを聞いたアンナは一目散にネネの所に行き後ろから抱きつくと、おねだりするように囁き声でネネにお願いしていた。


「ねぇ、ネネおばちゃん。私ね、どうしても冒険者ギルドに行きたいの。ちょっと寄り道するのはダメかな?」


「それは駄目だ。もう夕方だから早く行かないと店が閉まる。もちろん馬車を降りてアンナが行くのも駄目だ。付き添いが居ないからな。夏希は荷物係だから当然無理だ。スズランはなにをやらかすか判らん。そしてお前の父親はあれだからな」


 そのネネの指摘にアンナが後ろを見ると真っ赤な顔をして荷台のアチコチで頭をぶつけ転がるオヤジが居た。(お前はなにしに来たの?)


「もー!お父さんダメダメだよー!」


 最近お気に入りの『ダメダメ』を連発して父親を足蹴りするアンナ。なにげに的確に急所に当たっているところが凄かった。


 それからは不貞腐れているアンナを夏希がなだめながら一行は目的地へと向かうのであった。そして着いたのは大きな店構えの野菜屋『持ってけ泥棒』だ。ここは以前から夏希がチェックしていた店。ただ野菜は獣人村のものがアイテムボックスに山ほどあるので寄ることは無かった。(おお!この店なのか。実は気になってたんだよね。楽しみだ!)


 その店はとても繁盛していて大勢のお客さんが詰め掛けていた。そして夏希は見つけた。


(あ、あの後ろ姿は‥‥)


 その夏希の視線の先にはスラットしたスタイルのいい猫族の若い女性。そして以前夏希がプレゼントした髪飾りが肩下まである綺麗な水色をした髪に付けてあった。


(う、会えたのは嬉しいけどアンナちゃんがなぁ‥‥‥知らない振りをしてやり過ごすか?なんかもう買い物済んでるみたいだし)


「おっ?そこに居るのはニアではないか!ワレじゃ、ワレ。スズランじゃ!」


 そう言って夏希をチラチラと見て笑っているスズラン。もはや確信犯である。


(ぐぬぬ、コイツ判っててやりやがった)


 そしてそのスズランの言葉に素早く鋭く反応する幼女アンナ。彼女はすかさず寝転がる父親を踏み台にして勢いよく馬車から飛び出し空中で一回転して着地した。


(アンナちゃん、どんどん凄くなってない?ネネさんどんな鍛え方してるんだよ‥‥)


 そのアンナは無表情になり気配を薄くし素早い忍び足でニアに近付いていく。


(今度は真冬かよ!お前はなに教えてるの?アンナちゃんを戦闘マシンにでもする気か!でもニアはずっとこっちを見てるから意味ないんだけどね)


 そしてついに夏希を想う二人が出会った。


 そのアンナはニアの前で立ち止まり、状況が掴めずポカンとしている姿を上から下まで舐めるように何度も見ている。そして納得したのか頷いてニアの顔を見て言った。


「そのスタイルのいい体と出るところは出てる胸とお尻で夏希おにいちゃんを拐かしたのね!でもそれは間違いなの!だって夏希お兄ちゃんは私みたいな幼女が好きなの!」


 そして勝ち誇ったかのように無い胸を張り、両腕を腰に当てるアンナ。その言われたニアは少しずつ状況を把握していく。その時このにらみ合いに割って入る空気の読めないヤツが居た。


「アンナー、夏希はおっぱい大好き男だぞー。バレて無いつもりだが村の若い女性の胸を横目で見てよくニヤニヤしてるからな!がはははは、腹痛てぇ」


 そのヤツは荷台から真っ赤な顔と支える両手だけ出して覗くように見ているラグだった。そしてそれを聞いたアンナはラグをギロリと睨み付け、それから夏希をギロリの二乗で睨み付けた。そして一言。


「夏希お兄ちゃん、それはホント?」


 その夏希は嫌な汗を大量に流し一言。


「はい。すいません」


「えー、じゃ、じゃあ夏希お兄ちゃんは私の事好きじゃないの?」


 夏希の告白に頬をプクッと膨らませ怒るアンナは何故か可愛い。そして夏希は間が空かないようすかさず答えた。


「好きに決まってるよ!俺はアンナちゃんのことは大好きだよ」


「はーい、大好きいただきましたー!」


 その夏希の言葉に笑顔になるアンナ。そして「どうだ!」と言わんばかりにニヤリと笑いニアを見上げた。


「ふふ、アンナちゃんは可愛いにゃ」


 そう言って少し屈みアンナの頭を撫でるニア。そしてアンナは撫でられて気持ち良さそうにしていた。がっ!すぐさま無表情になりその手を「ペシッ」っと払いのけた。


「そ、その『偽にゃ』で拐かしたんでしょ!そしてさっきの撫でる手つきの上手いこと。その手も有罪なの!」


「ぐふっ、危うくアンナはニアに手懐けられるとこだったのじゃ。頑張れアンナ!」


 馬車の上で腹を押さえてアンナを応援するスズランはとてもいい笑顔だ。そして再びあの男がやらかした。


「アンナー、その『にゃ』は夏希がニアに頼み込んで言わせてるんだぞー。なんかこれを聞くと胃袋のほうからギュッとして楽しい気持ちになるんだとさ。アホだよな!ぐふふ」


 その言葉を聞き再びラグを睨むアンナ。そして目に涙を溜めて「お父さんは誰の味方なの!」と怒り、泣いてネネの元に行き抱き「胃袋は私が握り潰すのにー」と言って抱き付いていた。


 こうしてアンナVSニアの第一ラウンドは味方のセコンドからの妨害でアンナが圧倒的敗北を記するのであった。



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