ノーディスクリプション
横山記央(きおう)
ノーディスクリプション
「おはようって、アルトいたの?」
「おはようって、もうすぐ昼だよ。ミラ姉、今起きたの?」
「大声出さないでよ。今朝まで呑んでいたんだから。お水ちょうだい」
「そんなに呑んでばかりいて、彼氏に飽きられても知らないよ」
「ふふ~ん、彼は私の体とテクにメロメロなのよん。いらぬ心配です~」
「うわ、引くわ」
「思春期の弟には、刺激的すぎちゃったかしらね~」
「ただいまー!」
「キャミちゃんごめん。大声禁止ね」
「ごめんなさいです」
「謝らなくていいよ。キャミは何も悪くないんだから。悪いのは、朝まで呑んでいたミラ姉なんだから」
「ミラお姉ちゃんは、朝まで呑んでいんですか? お水飲みます?」
「ありがと~。さっすがキャミちゃん。どこかの弟とは違って、しっかり気遣いのできる妹を持つと、ホント助かるわ~」
「ところで、アルトお兄ちゃんは、シルビアちゃんのお家に行かなくていいんですか?」
「え、なんで、オレがシルビアの家に行く必要があるんだよ」
「だって明日の朝には、王都に行っちゃうんですよ。魔術学園に入ったら、最低二年は戻ってこられないんですよ」
「そ、それくらい知ってるって。だけど、オレには関係ないだろう」
「アルトお兄ちゃんに関係ないんですか? シルビアちゃんのことが好きなのに?」
「な、な、なんで知っ……ちが、そうじゃなくて、えっと」
「アルトお兄ちゃんがシルビアちゃんを好きってこと、みんな知ってますよ。まさか、隠せていると思っていたんですか?」
「ぷぷぷ~。キャミちゃん、そんなにストレートに言ったら、アルトがかわいそうだよ。これでもアルトは、秘密にしていたつもりなんだから」
「そうなんですか? キャミは、みんなに知って欲しくてアピールしてるのかと思ってました」
「バ、バカ言ってろよ。オレは別に、シルビアのこと好きとか、そういうんじゃないんだからな」
「またまた~強がっちゃって。お隣のシルビアちゃんのことを思っては、夜な夜な右手が止まらないんじゃないの?」
「ちょっとミラ姉、キャミの前で何言ってるの? まだ酔ってるの?」
「アルトお兄ちゃん、キャミを子供扱いしないで下さい。キャミはもう十歳ですよ。立派なレディーなんですから。アルトお兄ちゃんの右手がうずくのだって、知ってるんですから」
「……え? ちょっと、え?」
「キャミ達を守るために、アルトお兄ちゃんが右手に封印した黒い稲妻が、毎晩うずいて苦しんでいるってこと。暴れ出しそうになるのを、必死に押さえてくれていること、キャミはちゃんと知ってます」
「……は? ぁぁぁぁぁあああああ!」
「ぷははー! ちょっとキャミちゃん、それ言ったらダメだって! イテテテテ」
「あ、そうでした。あの日記のことは、内緒の秘密でした」
「えっと、ミラ姉? キャミ? 日記って、どういうことかな? うん?」
「ごめんなさい。キャミ、アルトお兄ちゃんの日記読んじゃったんです」
「いや、読んじゃったって、ちゃんと隠して……いや、その」
「あの程度で、隠したつもりなんだね~。だからいろいろバレバレなんだっつーの」
「まさか、ミラ姉」
「ごめんね~。あまりにも面白いから、独り占めしたらいけないと思って」
「うわぁぁぁぁぁあああああ! 何してんの! 何勝手に人の日記読んでんの!」
「だから、大声出すなって! イテテテテ」
「ミラお姉ちゃん、大丈夫ですか」
「こんな姉を心配する必要、まったくないからね!」
「でも」
「でもじゃない!」
「ごめん、ちょっと休戦。大声マジやめて」
「自業自得って、知ってます? 身から出たさ錆びって、知ってます?」
「アルトお兄ちゃん、妄想日記読んでしまってごめんなさい。ミラお姉ちゃんも悪気はなかったと思うの、許して下さい。本当にごめんなさい」
「微妙に傷口が広がっている気がするんだけど」
「……キャミのこと、嫌いになった?」
「ううん、ちっとも。キャミを嫌いになんてなるはずないだろう」
「良かった。許してくれてありがとう。アルトお兄ちゃん大好き」
「う、うん、その、オレ、許しちゃったことになるんだね」
「そうだ、キャミ朝から並んでこれ買ってきたんです」
「それって、すぐに売り切れちゃうラルベリーパイだよね? 」
「そうです。これ、アルトお兄ちゃんにあげます」
「え? オレがもらっていいの? キャミが朝から並んだんだよね」
「実は、なんですけど、このパイ、シルビアちゃんの大好物なんです。でも、ラルベリーって、この辺りでしか取れないから、王都に行ったらしばらくは食べられないって、この前寂しそうに言っていました。だから、アルトお兄ちゃんから、シルビアちゃんに渡したら、すっごく喜ばれると思うんです。……でも、秘密なんですよね、シルビアちゃんを好きなこと」
「いや、キャミが、オレのためを思って、ここまでやってくれたんだ。オレは、その気持ちに応えるべきだと思う。ありがたくいただくよ」
「本当ですか? キャミ、アルトお兄ちゃんの役に立てましたか?」
「もちろんだとも。よし、今からシルビアの所に行ってくるよ」
「あ~アルト、ちょっと待ちな。こっち来て。……ほら寝癖……うん、これでよし。ついでに告白してきなよ、二年は会えなくなるんだし。今のうちに気持ち伝えておいた方がいいと思うよ。これは、経験豊富な姉からのアドバイス。王都の魔術学園に行ったら、回りは都会育ちの男子ばかりだろから、チャンスは今だと思うんだ」
「ミラ姉」
「いつまでも弟の恋人が右手ってのは、姉として不憫に思えるからさ」
「は? 感動しかけたオレがバカだったよ」
「アルトお兄ちゃんは、黒い稲妻が恋人なのですか?」
「そうじゃなくて、キャミはまだ知らなくていいことだから。いや、知って欲しくないことだから。あーもう、とにかく行ってきます」
「行ってら~」
「アルトお兄ちゃん、頑張れー」
「どんな顔して帰ってくるのかね~」
「きっと泣いて帰ってくるのです。振られるのも、経験なのです」
「アルトが振られること確定なの?」
「そうなのです。シルビアちゃんは、アルトお兄ちゃんのこと、タイプじゃないって言ってました」
「うわ~、それは致命的だね」
「なので、帰ってきたアルトお兄ちゃんを慰めるためにも、キャミとミラお姉ちゃんは、ラルベリーパイを食べながら、アルトお兄ちゃんを待つのです」
「私たちの分もあるんだ」
「今朝お母さんから頼まれて、家族みんなの分を買ってきたのです」
「それじゃ、アルトに渡したのって」
「はい、アルトお兄ちゃんの分なのです」
「えっと、キャミちゃん?」
「何事も経験なのです。ミラお姉ちゃんが、この前言っていたのです」
「……これからは、調子に乗りすぎないように、何かと気をつけるね。あと、アルトにも謝っておくね」
ノーディスクリプション 横山記央(きおう) @noneji
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