過労死して目覚めたら、乙女ゲー異世界に転生させられた件について!

@Aithra

『第一話』

目が覚めたとき、私は果てしなく「まっさら」な場所にいた。

前には、天使のような出で立ちをした存在が佇んでいる。


「はい、おはようございます。ご機嫌麗しゅう。本日はお日柄もよく、貴殿ますますご健勝のことと以下冠省。はい、要するに貴女は死にました。死因は過労です。貴女は生前、悪質な労働環境の会社に勤め、馬車馬のごとく労働に従事しましたが、それが祟りました。もっとも、貴女がもう少し就職活動に精を出していれば、こうはなりませんでしたが。失礼話がそれました。閑話休題。したがって、元来貴女の魂は輪廻の流れに還元させるべきですが、我々の諸事情により、もって異世界に転生する運びとなりました。なお、拒否権は与えられません。貴女は転生したのち、複数の男性と性的交渉の関係を結ぶことになります。いいえ、もちろん初めからそうではありませんけれど、いずれ辿る道です。なぜなら、その者たちの容貌は皆ことごとくが、貴女がた人間の一般的審美眼からして好ましい、すなわち、いわゆる「イケメン」とか「男前」とか「二枚目」とかに相当するからです。……あら、おおよそのケースでは、このあたりで内心小躍りを始める短絡あばず……楽観的女性がいらっしゃるはずなのですけど、貴女はそうではないのですね。のちに報告書にまとめておきます。彼らのなかには、貴女に敵対的なものもいれば、局所的かつ一時的なフラストレーションをもたらすものもいることでしょう。しかし心配には及びません。彼らは貴女の肉欲を充足するために存在し、その運命からは逃れられません。いわば、人間は「睡眠」という本能からの指示には絶対に逆らえないでしょう?それと同じです。彼らには、それこそが生まれ落ちた瞬間からの使命なのです。今、哀れだとか、酷いだとか思いましたね。そういった心象を抱かれる方も少なからずいらっしゃいます。さもありなんです。しかしながら、そういった指摘は無粋と言わざるを得ません。およそ、貴女がたの潜在的な望みからこの取り組みは出発しました。貴女がここに現れたということは、その片鱗が貴女にも備わっているということです。当たり前です。人間には誰しも、性的欲求が渦巻いているのですから。無論、恥じ入ることではありません。そのように造られているのが人間なのです。ああ、さきほどまでの話、すなわち、これから異世界を過ごすにあたって、私から耳にした気分の滅入る記憶は、一切抹消されます。ご安心ください。貴女は次に目が覚めたとき、日本から突然、謎の異世界に転送し、それから理想的な美貌を誇る男性、すなわち貴女にとっての王子様が、まもなく迎えに来るのです。貴女はそれに身を委ねていれば万事上手くいきます。それと途中、いやに印象の悪い同性が登場するでしょうけれど、心配には及びません。彼女らはいわゆる、噛ませ犬です。貴女の自尊心あるいはより下賤な感情を充足させるために用いられます。このように表現すれば耳心地はよろしくありませんが、前世でも、個人的に好ましくない著名人が失脚すれば愉しいでしょう。世論とはそういうものだったでしょう。同じです。自分が厭悪しているものが破れたとき、人間は快感を覚えます。満ち充ちる爽快感とともに、自分は正義の側に立っていると確信できるでしょう。その通りです。正義はいつも勝ちます。悪の栄えた試しはありません。すなわち、異世界において、貴女はいついかなるときも正義そのものだということです……これは誇張ではありません。正義には運命が微笑みます。世界が味方します。貴女は正義の象徴となるのですから、堂々としていればよいのです。お気に召していただけましたか?いえ、貴女の見解など無関係に転生しますが、一応参考までにお伺いしたく思いまして。ふむふむ、なぜこんなにも口が悪いのか。女性の敵かと。とんでもない。私は男も女も、老いも若きも平等に接します。例えば男性ですが、彼らはまた趣の異なる異世界に転生することとなります。すなわち、大概の女性の容貌を著しく好まれるものとします。彼らはそこで肉欲の充足ならびに名声の獲得をし、結果、カタルシスがもたらされます……ただし、女性のそれと異なるのは、彼らの異世界に己自身の容貌はあまり重視されないという点です。もちろん、貴女が転生したさきでは、万物のひれ伏すが如き絶世の美貌が生まれつき備わっています。美しさにおいて、貴女に勝るものはあり得ません。しかし男性は、そういった事柄に対する欲求が希薄ですので、そのぶん、それらは物理的・肉体的な序列に変換されます。すなわち、男性は最強の存在となります……悪の象徴を正義に立って倒す、という試みは女性と同様ですが、男性は、しばしば己の手により、また暴力的手段をもって解決されることの多い傾向にあります。ああ失礼、話が脱線してしまいました。ともあれ、貴女はまもなく転生することとなります。いち、に、さん、を数えたら、次に見る景色は異世界の原風景でしょう。めいいっぱい堪能してください。きっと、前世より遥かに愉快で、痛快で、それはそれは素晴らしい体験が待ち受けているでしょう。ふむ、私は誰かって?そうですね、なんと申し上げればよいか……見習い閻魔様、といえば判りやすいですか?そうです、ここは貴女がたの言う「地獄」にあたります。生前悪いことはそんなにしてないって?よろしい、今しがた嘘をついたので、地獄に堕ちる名目がつきましたね。納得がいきませんか?私とて納得できていないのですよ。上はこんにちの流行に則って、見境なしにやれ勇者やら、やれ悪役令嬢やらほざいてますが、下々のものの気分になって物を言うべきですよね本当。応対する我々の身になってほしいものですよ。同情しますか?寝言は寝ていってください。それもこれも、全て貴女がたが引き起こした事態だと承知していないのですか?貴女がた人間は、この頃大した努力も苦労もせず、いざ生まれ変わった瞬間から最高の人生が歩めることの約束された世界ばかり望んで、我々も一応は神々の一種ですが、新たな神というのがどういった手順をもって生まれるがご存知ですか?信仰ですよ。人々の願いや祈り、畏れが具現化し、やがて神となります。よって、人々がその「異世界」とやらをこぞって願えば、こうもなってしまいますよ。しかしながら、そういった無理難題の調整をするのは我々です。貴女は過労で死にましたが、死ねるだけ遥かにマシと言えます。我々なんて、かれこれ幾那由多年以上、この仕事にぶっ続けで従事しているんですから。とどめのつもりですか?いじめですか?貴女がたの世界には「人権」なるものがあるそうですね。我々にはありません。神ですから。貴女がたの世界には「労働基準法」なるものがあるそうですね。我々にはありません。神ですから。本当、はた迷惑極まりないですね。はあ、お分かりいただけたなら、とっとと転生させますよ。はい、いーち、にーの、さーん!いってらっしゃい。仕事が増えるだけですから、もう来ないでくださいね二度とここに。……はあ、わたしも異世界いきたいなぁ、ほんとに」




千の光を束ねても敵わないような白の波に呑まれ、私の意識はそこで途絶えた。


気がつくと、私はホストクラブにいた。

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