△▼△▼切れない絆△▼△▼

異端者

『切れない絆』本文

 生まれて初めて、形見分けというのに関わった。

 香奈――彼女がやまいで死んで、葬儀が終わって間もない頃だった。

 彼女の親族は、僕を彼女の伴侶であるかのように扱ってくれた。確かに彼女とは、こんなことがなければいずれそうなっていただろうが、意外と言えば意外だった。

 そうして、僕は1冊のノートを譲り受けた。パラパラとめくってみたところ、それは亡くなる半年程前から記された彼女の日記らしかった。

 僕は彼女の丸っこい字が妙に懐かしく感じられたので、それを選んだ。


 自宅、一人暮らしのアパートにそれを持ち帰ると読み始めた。


6ヶ月前

 今日はなんだか気分が優れなかった。

 せっかく、健斗君が食事に誘ってくれたのに、ろくに食べることもできなかった。

 健斗君はそれを料理が口に合わないせいだと思っていたのかもしれない。

 ごめんなさい。あの時そう言えなくて。


 健斗――というのは、僕の名前だ。

 香奈の病気の兆候は既に表れていたのだ。この時にもう少し早く治療していたら……僕は自身の無関心を恨んだ。


4ヶ月前

 やっぱり体の調子がおかしいので、病院に行くと精密検査を勧められた。

 言われた通り検査を受けると、既に手遅れだと分かった。

 そんな! どうして!?

 私はいつか健斗君と一緒になって幸せになる未来を確信していたのに。


 涙が日記にポタリと落ちた。

 香奈、僕もそうなりたかったよ。そうなるはずだと、確信していた。それなのに、なぜ……もっと死ぬべき人は他に大勢いるのに、なぜ彼女だったんだ!?


2ヶ月前

 もう、私には未来はない。

 でも、未練はある。――健斗君のことだ。

 彼をこのまま残して逝くのは、正直辛い。

 だから私は、最悪の選択をする。


 2ヶ月前――思い当たる節があった。

 僕は台所に行くと、戸棚を開けた。

 そこには瓶に入ったいちごジャムが2つあった。彼女が作ってくれた物だ。

 ――常温でも開けなければ半年ぐらい持つから……。

 そう言って、いつもろくな物を食べていない僕を心配して手作りのそのジャムをくれたのだ。

 僕は軽いめまいを感じた。

 そういえば、ここ最近ろくに食べていないし何もしていない。

 仕事もほとんど休んでいる――何もする気が起きないのだ。彼女を失ったショックだとばかり思っていたが……。

 僕は戸棚の中のジャムをじっと見つめた。

 そして、日記の最後のページを読んだ。


最後の日記

 ああ、神様。許してくださいとは言いません。私は罪深い人間です。

 せめて、健斗君が楽に死ねますように。

 私はちょうど私の死期と重なるように想定して彼の食べ物に毒を混ぜました。

 正確には――彼のジャムに。使い方にもよるでしょうが、私の死後間もなく彼も死ぬでしょう。

 私は酷い人間です。でも、彼を他の誰かに渡すことなんて考えられなかった。

 健斗君――私だけの彼。


 僕はジャムの蓋を開けるとスプーンですくって食べだした。

 他人ひとは愚かと言うかもしれない――だが、それがなんだろう。

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