A Notebook

夢裏徨

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 エーファが、髪を梳ってくれていた。

 どうやら彼女はティルラの髪が好きらしく、いつも丁寧に梳ってくれるのだ。その手がいつも優しくて、ティルラは泣きそうになるのだった。


 ティルラは、自分の髪色が嫌いだ。自分の力はクルトに決して敵わない現実を叩きつけてくる。それを、まるで宝物のように扱ってくれるのが申し訳なかった。


 エーファの梳る手が止り、ティルラは顔を上げる。鏡越しにエーファを見、彼女の視線を辿る。そこには、いつも持ち回っている赤いノートが投げ捨ててあった。


「ティルラ様がいつも持ち歩いてあるそのノートって、何ですか? 日記?」

「そうね……日記みたいなものかしら」


 それは、クルトが此の地に召喚された折に、気がついたら現れていたそうだ。それからというもの、クルトとティルラの間で延々と引き継がれている。

 そのノートに関する一切は不明だが、それが二人の見たものを漏らすことなく記録することだけは事実だ。


「日記?」


 エーファがきょとんと首を傾げた。本当に日記と言われるとは思ってなかったらしい。


「いつから書かれてるんですか? こちらに来られてからずっと?」

「このノート自体はクルトから受け継いだものよ」

「ではクルト様もそのノートに日記を……? ティルラ様がお帰りになられる時はどうされるんでしょう?」

「またクルトに受け継ぐの」

「交換日記ですね……!」


 それまで目をぱちぱちさせていたエーファが、突然手を頬に当て、頬を紅く染めて騒ぎ出す。噂には聞いていたが、どうやらクルトの女子人気は本当に高いらしい。はしゃぐエーファを、ティルラは複雑な面持ちで眺めた。


 ティルラとクルトはそんなに良い関係にない。

 ティルラはクルトを召喚し、クルトはティルラを召喚する。そんなことを延々と繰り返し続けている——終わりを、求めて。


「クルト様ってどんな方なんですか? お優しくてお強くてかわいらしくてかっこ良い方だと聞いていますけど」

「そうね……強いのは本当」

「ティルラ様よりも?」


 思わずジト目で睨みつけてしまったらしい。エーファが小さく謝った。しかしエーファはめげない。乙女の妄想はまだ続く。


 小さく息を吐いてティルラは赤いノートを手に取った。

 赤黒い滑らかなその表紙に、一体何度手を滑らせたことだろう。このノートを抱いては、何度彼の地に思いを馳せたことだろう。何故このノートは、過去しか見せてくれないのだろう。


 ティルラは早く、結末が欲しかった。

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