色は黒に集約し、光は白に集約する。
「……俺、軍人になる、兄貴よりカッコいい軍人になってやる」
チャコという小さな田舎町、アッシュは13歳になった。その年も恒例の頭痛が襲うが、純朴で年頃の少年に、それを凌ぐほどの悲劇が起こることとなる。
徴兵された兄は、小さな木箱となって帰ってきた。アッシュの両親は、敢えてすぐにそのことを子供たちに伝えた。死因は、魔物による襲撃だった。泣き崩れる妹をかばいながら、彼は初めて本気で力を欲することとなった。
長男は徴兵されない、などというルールはこの世界にはなかったが、死人が出た家からさらに男手を奪うような真似をされなかったことだけが、この一家にとって唯一の幸いであったことだろう。兄の代わりを務めるべく、また同時に誰よりも強くなるべく、アッシュは勤勉に働き続けた。
彼には、才能があった。いや、備え付けられた、というほうが正しいか。突然に、後天的に、あの頭痛が起こり始めた時期と同時に、彼には才能が発芽した。その才能の名は『万能人』であった。
彼に例の頭痛が起こるころ、無論彼はそのことを聞かされた。だがしかし、十歳の子供の脳内に語りかけたところで、その子供は内容を理解し、役目を果たすべく活動するのか。否。しないだろう。かのジャンヌ=ダルクですら神の声を聴いたのは十二歳の頃である。そしてアッシュは平凡な少年だ。特段信心深くもなければ、牧歌的な町で平和を享受していた身である。事実この世界の創造者たる神が少年の精神体に語りかけ、ドアを開けるかの如くノックしたとて、彼にとっては原因不明の頭痛である。端的に換言すると、彼はこの力が与えられたものであることを後になって理解することとなる。
三年が経ち、アッシュも十六歳となった。徴兵される年齢である。国の決まりに則って、意気揚々と首都へ向かった彼を待ち受けていたのは、退屈な日々だった。
「なあアッシュ、飯でも食いに行かねえか?」
「いや、もう少しだけ素振りをしておきたいんだ」
「なんだつまんねえ、おい、行こうぜ」
不真面目な友人……アッシュが極端に真面目であるだけなのだが、ともに鍛錬する仲間が増えると考えていたアッシュにとって、軍隊というのは期待外れ以外の何物でもなかった。
彼の住む国「レンク王国」はこの時期、栄華を極め、平和そのものであった。そのため、一般兵の兵役義務は三年であり、徴兵に対する拒否権もあった。兵役を満了したものは士官学校への入学も認められており、アッシュの夢もまた将校であるために日々の鍛錬は怠らなかった
初めての戦闘でも彼は大きな武功を上げ、将来有望な戦力として注目を集めた。これは彼の才能と努力による結果であったのだが、やはり同僚はよく思わなかったようだ。
そして、仲間との信頼が地に落ちたころ、またも事件が彼を襲うこととなる。
後にディップリバー事件と呼ばれたそれは、アッシュが良い意味でも悪い意味でも注目を浴びる事件となった。ただの魔物の鎮圧だけだったその任務で、アッシュが所属する中隊が見事に壊滅させられてしまったのである。原因は上層部の判断ミスであったものの、隊をほぼ全滅させたという罪は重く、その中で生き残りながら撤退に成功した武功も光っていた。しかし、生き残った者への心の傷も大きかった。
少なくともこの事件は、アッシュの胸に国への懐疑心を残すことにおいて、十分すぎてしまった。
ともに戦った仲間を喪い、死と絶望と生暖かい感覚が脳裏に焼き付き、全員が精神を徹底的に壊されてしまった元第二十三中隊の12人は「
アッシュが彷徨うように国を出て4年が経った。彼ももう22歳である。その年月の中で彼は様々な場所へ放浪していた。背は少し伸びた。髭も伸びた。顔も少し変わった。同じように少しだけ変わった故郷を見るために、アッシュは家族に再びの別れを告げるためチャコを訪れた。石を投げつけられるだろうか、罵詈雑言を浴びるだろうか、忘れ去られているだろうか。妹や両親は元気か、古かった倉庫は修理されたか、畑の作物は立派に育っているか。彼にはすべてが気がかりで、すべてが待ち遠しかった。
アッシュを待っていたのは、牧歌的な村でも、温かい家族でもなく、黒く変色した大地と灰色になってしまった死骸の山だった。
アッシュはまず、自分の到着が遅れたことを恨んだ。亡き故郷への涙を流した。復讐を誓った。怒り狂った彼の頭には、森羅万象に対する殺意のみが沸き上がっていた。
枯れた大地にも雨は降り、30時間を嘆きに費やした彼の心は冷めきっていた。帰るべき失ったものに対して、自分のかつて忠誠を誓っていた国に対して、全能感にあふれていた自分自身に対して、その感情の名は、「諦観」であった。
頭上には灰の月が照っていた。
6人が60の国を600年で殺すまで 緋稲 @hi-na1110
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