灰色の記憶
少年アッシュ
【アッシュ】
世界に敵対する組織『アル=ザラーム』のリーダー。白兵戦のタイマンにおける無類の強さと、敵の命を確実に仕留める残忍さから『灰仮面』のアッシュと呼ばれる。
……ずっと昔、俺がまだ小さい頃、神様の声を聞いたんだ。「お前に『万能人』の才と、この世界を救うという使命を授けよう」ってさ。
王家の何男だとか、生まれたときから父親の記憶がないとか、そんな特別なものじゃない。灰髪の少年『アッシュ』はごく普通の家庭に生まれ、その名を髪の色から名付けられた。両親の他に兄と妹が一人ずつ、広くも狭くもない農地を耕す、国教に指定された宗教に対し一般的な家庭と同程度の信仰を持つ、生活に困窮するほど貧しくはない程度の、実に平凡な家庭だった。
この世界には、魔法というものが存在した。魔法には『火』『水』『土』『風』『無』の五つの属性があり、それぞれに適性を持った者たちは魔道士と呼ばれた。ほとんど遺伝によってのみ適性が決まってしまうため、魔法が使える家系とは往々にして貴族であることが多かった。
当然のように平凡なアッシュには適性などなく、だがそれでも困ることなく日々の生活を営んでいた。
そんな彼が、内気な兄とは対照的に明るく快活な彼が、珍しく屋根裏部屋で本を読んでいた。五つの海で覇を唱えた王様の話や、魔神を封じたネックレスを使いお姫様を助ける少年の話など、いわゆるファンタジーである。
十回目の誕生日を迎えたばかりの彼は、物語の主人公に憧れてしまった。最後のページをめくり、満足気な顔を上げたそのとき、酷い頭痛に襲われた。
「ぐあっ……がああああああ!!」
「!? どうしたアッシュ!」
幸運にもすぐ下の階にいた兄に介抱されたアッシュだったが、しばらくして目を覚ますとおかしなことを言い出した。
「僕…神様の声を聞いたんだ」
「「はぁ?」」
父と母は思わず間抜けな声を漏らす。当然の反応であろう。
「アホなこと言ってないで寝てろ。ったく、突然倒れたと思ったら訳の分からないこと言い出しやがって……」
兄は弟を諭すまでもなく、冷静に愚痴を並べる。当然の反応であろう。
「お兄ちゃん…どうしちゃったの?」
妹は呆れる。須らく当然の反応であろう。
「本当なんだけどなぁ……僕は『万能の人』で、世界を救うために活躍するんだって、言われたんだよ」
「信心深いのはいい事だが、そんなに簡単に神様の声とか言ってると、バチが当たるぞ」
「うっ、それは嫌だ…ごめんなさい……」
この騒ぎは、アッシュに厨二病の兆候が見え始めただけであるとして歯牙にもかけられなかった。事実彼自身にも疑念があり、ただの勘違いとしてほとんど自己完結していた。
そして二年後、十六になった兄は徴兵されて家を離れ、アッシュは十二歳、妹は十歳の誕生日をそれぞれ迎えた。
今年もやはり彼は頭痛に襲われた。だが前の年のような、頭の中に異物をねじ込まれるような痛みではない、まるでドアをノックされるような、規則正しく語りかけてくるような痛みである。
「やめろ…やめろッ!俺の中に入ってくるな!」
「……お兄ちゃん、イタいからそろそろやめよう?」
「いやマジで!めっちゃ痛いのほんとに!!」
「ああ……そう……わかってるならやめなよ」
「違うんだよ……!」
ちなみにアッシュは年頃である。森の中で棒切れを振り回して仮想の敵と戦う年頃である。家族はみんなそれを知っているために、誰も本気で痛がっていると思っていない。
「聞こえる……『早く敵と戦いに行け』って言われてる!」
「行ってくれば、夕飯までに戻ってね」
「お兄ちゃんの聖剣(笑)は納屋の外にかけてあるよ」
「違う!もういい!行く!」
自業自得かもしれない。
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