日記帳より信頼できる友人
天鳥そら
第1話日記帳より信頼できる友人
私、城浦美奈子は妙な日記を買った。
「鍵付きの日記帳ないな~」
いつもの文房具屋さん。改装前の駅構内にある文房具屋さんは、近々閉店するということでセールをしていた。
日記帳を使っているなんてダサいって思う?パソコンやスマホで日記をつけたことがあるけど、あんまりうまく書けないんだよね。私は古いアナログ人間なんだと思う。
「鍵付きの日記をお探しですか?」
「あ、はい。前は見かけたと思うんですけど」
大学生ぐらいの女の店員さんが眉尻を下げた。
「鍵付きの日記帳は、昨日ですべて売れてしまったんですよ。すみません」
一日違いだったらしい。残念には思ったものの、鍵付きでないと駄目な理由は特にないので、最後に残っていた一冊の日記帳を手に取った。ピンクの花柄で私が良く知っているウサギのキャラクターが表紙の右端にあった。
「そちらは、最後の一冊ですよ」
ピンクの花柄が妙にむせかえる香水の香りに似て、顔をしかめたくなったけど、そのまま店員に手渡した。今日から日記を書こうというのに、日記帳がなければお話にならない。レジでお金を払い、レジ袋を断って手持ちのカバンに入れた。
そう、どこからどうみても、普通の文具店。どこにでもいる女子大生の店員さん。日記帳だって割引セールで最後に残った一冊だ。なんの不思議もなかった。
「せっかくだから、日記を書かないとね。今日の出来事か~」
ペンを手に取って、今日学校であった出来事をさらさらと言葉にしていく。中学校一年生になったばかりだったから、書くことは山ほどある。初めての教科別の先生、中間試験を控えて緊張していること、なんとかできた友達との関係、もしかしたら、恋かもしれない憧れの先輩。
始まったばかりの中学校生活は、地に足がつかないふわふわとした感覚が強い。友達にも家族にも話せない秘密の気持ちを日記に書き込んでいく。日記に書くのは面白いことや楽しいことだけではない、どちらかというと、不安や疑問、辛いと思うことがほとんどだった。
書き終わって時計を見ると十時を過ぎている。慌てて日記をベッドの枕元に置いてから、明日の授業の宿題を予習を始めた。
朝、目が覚める前、甘い香水の香りがした。夢うつつに日記帳を手でまさぐる。目覚まし時計が鳴りだす前に目が覚めたら、昨夜、書いた日記を読み返すのが私の日課だった。日記帳を開いてめくるうちに、背筋が寒くなった。
「何、これ」
思わず飛び起きて日記をしげしげと眺める。最初の二、三ページは私の文章だ。細い罫線の合間に細かい文字がずらっとならんでいる。よくこれだけ書いたものだと自分でもあきれてしまう。問題はその次のページだ。
「あなたの友達はあなたを信頼しています。大切にしようと考えています。ですが、憧れの先輩は相当なワルなので引っかからないように気をつけましょう。勉強は、油断しなければ大丈夫。苦手としている理科ですが、教師があなたを助けてくれるので質問すると良いでしょう」
占いかなんかのアドバイスみたいなことが書かれてあった。後ろのページをめくってみるが、罫線がならび、ウサギのキャラクターと花柄がある以外は真っ白だ。誰かが文章を書きこんでいることはない。
「買ったばかりの日記帳に文章が書いてあったら不良品だよね。でも、これって、私の日記にアドバイスをくれてるから、前もって書くなんてできないだろうし」
考えれば考えるほどわけがわからなくなったので、私はそのまま日記帳を放置することにした。友達とはうまくいくみたいだし良かった。でも、先輩がワルってどういうことだろう?そんな風には見えないな。
あれこれ考えていると、目覚まし時計が鳴り始めた。慌ててベルを止めると、忙しい一日に埋もれて日記帳のことなどどうでも良くなった。
「この日記帳、やっぱりただの日記じゃないよね」
一週間書き続けた日記だが、必ず書いた次の日には占いのアドバイスのような文章が並んでいるのだ。それのどれもこれもが予言じみていて気持ちが悪かった。
「しかも当たってるし」
憧れの先輩は、万引きしたり、女子高生と問題を起こしたりで退学処分になるんじゃないかという話だった。友達との関係は良好だし、会ったばかりのころより仲良くなれた。日記にしか書けなかったことも言えるようになっている。嬉しかった。
「思い切って理科の先生に試験のこと聞いてみたら、アドバイスしてくれたしね。試験もどうにかなりそう」
その他にも不安や疑問を日記帳にぶつければ答えが返ってきた。そのおかげで、トラブルを回避できたこともある。
「ラッキーだよね。こんな日記帳を買えた私って」
そして、今夜も私は日記帳に書いていく。自分の不安、疑問、悩み。なんでも答えてくれる不思議な日記帳。朝になって日記帳を読み返すのが楽しみになっていた。
「何?それ?あやしくない?」
「そ、そうかな?」
すっかり仲良くなった友人の雛子、ひなちゃんは不安そうに顔をしかめた。日記帳に不安なこと、悩み事を書けば次の日にはアドバイスが書いてある。魔法の世界のような不思議なことだ。それをとうとうひなちゃんに打ち明けた。
「うん。疑うわけじゃないけどさ。やっぱりおかしいと思う。大丈夫なの?実はお母さんかお父さんが書いていたとか」
「うわっ!やめてよ。親に日記みられたらとか、考えただけで死ぬし」
「親に日記みられるよりヤバくない?私は、みなちゃんのこと信じてるし、嘘ついてるとは思わない。でも、やっぱり信じられない。もし、本当ならやめた方がいいと思う」
でも、どこにでもある文房具屋さんで買った、どこにでもある日記帳だよと言いかけて思わず唾を飲み込んだ。ひなちゃんの目が真剣だったからだ。おっとりとしているひなちゃんの目が、燃え盛る炎のようで私は思わず体を引いてしまった。
「わかった。もうやめるよ。別の日記帳を使う」
「ごめんね。私、なんか怖いよ」
ひなちゃんの不安そうな表情が頭にこびりつき私まで不安になってしまった。
その日の夜、私は日記帳を使うのはやめて日記をルーズリーフに書いた。新しく日記帳が買えなかったから、ルーズリーフに書いてあとから日記帳に張り付けるのだ。明日は休日だから、どこか文房具屋さんに行けるはずだった。
せっかく買ったばかりの日記帳を使えないのは残念だけど、ひなちゃんの心配が嬉しかった。
次の日の朝、甘い香水のような香りがして目が覚めた、いつもの習慣で枕元に手をのばす。いつものように日記帳を開いた。
「あなたの不安は杞憂ですし、友人の助言に耳を貸すことはありません。日記は処分せずに、このまま使い続けましょう。最後まで」
いっぺんに目が覚めて、食い入るように日記帳を見つめる。けたたましい目覚ましのベルが鳴音にはっとすると、私は日記帳をしっかり握っていた。ルーズリーフを張り付けた横に、アドバイスがいつものように書かれている。思わず叫び声をあげそうになった。
「この日記帳は捨てなくちゃ」
中身を破いて、ごみの日に捨てる。それですべては解決だとばかりにすかさず行動に移した。けど、だめだった。捨てたはずの日記帳はきれいにテープでとめられ、きちんと私の机の上にあったのだ。
ほとほと困った私は、言っても怖がらせるだけだと思いながら、ひなちゃんに相談した。
「捨ててもダメなの?燃やすとか?」
「それはちょっと怖いかも。何が起こるかわからないし」
ひなちゃんは私の言葉をひとつも疑わないで聞いてくれた。それから、その日記帳を持ってうちに来てくれないかと話したのだ。
「ひなちゃんの家に?」
「うん。もちかしたら、お母さんがなんとかできるかも」
放課後に急いで日記帳を取りに家に帰ると、そのままひなちゃんの家に向かった。その間、むせかえるような香水の香りでくらくらする。めまいがして、ひなちゃんの家にたどり着く前にその場に膝をついた。どうしたことだろう。もう一歩も動けない。
私が道路に倒れそうになった時、さわやかな風が吹いた。鼻から頭にすっと抜けるような、ハッカの香りだった。急に気持ち悪さがなくなり、目の前がクリアになる。日記帳を気味悪く思いながらひなちゃんの家にたどりついた。
「この日記帳を処分するでいいのね?」
「はい。なんだか怖くて。最初は面白かったんですけど」
挨拶もそこそこに問題の日記帳を渡すと急に体が軽くなった。心配そうな表情を浮かべていたひなちゃんの顔つきもゆるむ。おやつに、ミントティーとケーキの用意がしてあるのよとひなちゃんのお母さんが笑った。
「うん。大丈夫よ。もう変なことは起こらないからね」
にっこり笑うひなちゃんのお母さんに当然とも言える疑問を投げかけた。
「この日記帳を一体、何なんですか?」
「この日記帳は悪い魔女の手先よ。あなたみたいな、好奇心の強い人間を悪い魔女の方に取り込もうとするの。最後まで書いていたらまずかったわね。あなた、ラッキーよ」
とんでもないことをさらりと言う。目が点になっている私のそばで、ひなちゃんは真っ赤な顔をしていた。
「で、私や雛子は良い魔女ね。雛子はまだ魔女見習いだけど」
しんと静まり返った部屋の中で、ひなちゃんのお母さんはまずいという表情を浮かべた。
「もしかして、雛子から聞いていなかった?」
ぶんぶんと激しく頭を縦に振るそばで、ひなちゃんが、私は普通の女の子として暮らしたいのにと涙目で呟いていた。
それ以来、私はひなちゃんにいろいろ相談するようになった。日記も書くけど前ほどじゃあない。日記よりも信頼できる友達がいるのが一番みたい。
日記帳より信頼できる友人 天鳥そら @green7plaza
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