始まりの歌-7

歌い終わったまま泣き続ける彼を隠すように私は舞台に立つ。灯妖精に強い光りを出すようにお願いしてもらい自分だけに注目を集めることがてきた。

私は白いベールを丸めておくるみに見立て腕に子どもを抱えているかのようにみせながら、最初に歌ったときに端に寄せてあった吟遊詩人が演奏のために座っていた椅子に腰掛ける。


そして一言


「カリマのララバイ」


荒れた水面のように波打つ観客の心を落ち着かせるように聖母の笑みを称えて歌い始める。


予想通り、吟遊詩人はついてこれず独唱の形になったがそれでも構わない。

『ソル』で感情を揺さぶり気を引き締めさせ『カリマのララバイ』で心を休め明日からのスタンピードに備える。偶然だけどいい順番になった。




私は彼みたいに誰かのためには歌えない。


私は捨てられた村娘。記憶を取り戻してしまったどこにでもいるつまらない娘。


ここに来てから今日まで優しさを受け取るばかりで人を思いやったことなんて一度もなかった。

記憶喪失になる前の私だって生きるのに精一杯だっだ。捨てられないように媚を売るばかりで誰かに優しくなんてできなかった。

結局捨てられてしまったけど、売られなったのも優しさだろう。


結局私は私のためにしか歌えない。

いくら慈愛の表情を浮かべたって私のエゴは隠せない。


私はもう彼が望んでいた透明な歌は歌えない。




だからこれが最後。




――


舞台後夜行性の特徴を持つものはそのまま狩りに、その他の者は明日からのスタンピードに備えて眠りにつくため各々の寝床へ余韻にひたりながら帰路につく。


テントは控室から簡易診療所へとすでに作り変えられていて、行き場のなくなったわたしたちは落ち着いて話すことができる場所はないかと歩いていた。しかし祭りの喧騒は収まりつつあるものの、スタンピードのせいでいつもの村と比べて活気があるせいかなかなか静かになれそうな場所は見つからなかった。


「乗れるか?」


しびれを切らした師匠がいつもより鳥の特徴を多く出してわたしを背に乗せようと聞いてきた。


「しっかり捕まりなさい」


わたしはおっかなびっくりに背に乗ると、師匠は落ちないように上の方に乗るようおしりを押し上げる。師匠はわたしがしっかりと背に乗ったことを確認してバサリと飛び立つ。

バサバサと羽ばたき音が大きく、ときどき顔に羽根があたり痛かった。いつかの物語で見た夢のような光景だが、現実は物語のように理想的ではない。それでも実情を知らない人が遠くから見れば今のわたしは物語の中の女の子のようにみえるのだろうか。


くだらないことを考えていると、師匠は急に羽ばたくスピードが遅くなる。少しずつ地上に近づいてそろそろと大きな切り株に止まった。

わたしはぐるぐると気持ち悪くフラフラとした足取りで師匠の背中から降りる。

どうやらここは村が一望できる山の崖付近のようだ。灯妖精が小さくぼんやり光ってみえて、初めて高くから眺める村の夜景はとても綺麗だ。


目的を忘れて美しい夜景を眺めていると、いつの間にかいつもの姿に戻った師匠がこちらに歩み寄る。


「すまない、シキ。迷惑をかけた」


謝罪の言葉だが、言葉は晴れやかだった。


「ししょうのうた。ききたかったから、ごめんね。」


こちらこそ、無理に歌わせたようなものだ。師匠が怒っていなくてよかった。


二人はお互いに罪悪感を持っていたことを知り、顔を見合わせて笑い合う。



「ありがとう、シキ。ところで、カリマのララバイはどうして歌った?」


「え?」




「そのまま引っ込んでも良かっただろう。儂が弾ける状態ではなかったことくらいわかっておっただろう」


あぁやっぱりバレてるのかな。わたしは笑って師匠の疑問に答えた。


「うん。ししょうに、おんがえしのため」


「そうか。それにしては辛そうに歌っていたが」


「……もう、うたえないの」


歌を教えてもらって、師匠の大切な歌を歌わせてもらって、舞台にも立たせてもらって、記憶も取り戻せたのに、わたしはもう歌えない。

いや記憶を取り戻してしまったせいで、歌えなくなってしまった。師匠に申し訳なくて、ちゃんと言わなきゃいけないのに声がうまくだせずに、最後はかすれてしまった。


師匠はわたしを強く抱きしめた。

わたしは下を向いていて師匠の顔は見えなかった。



「…………シキ。お前さんは酷く優しいな」


「やさしくない」


「いいや。練習もしてない曲を歌の自信がなくなったまま儂を隠すために独唱したシキは優しい」


やっぱりバレてたんだ。いつもみたいに歌えないの


「それなのに自分を認めようしないお前さんは酷い」


「なあ、シキ。お前さんにはお前さんの歌がある。踊りも双子に習ってからひとりで練習しておったのも知っておる。」


「透明でなくとも、儂に似なくとも、シキにはシキの歌が歌える。それでいいじゃないか」


やっとみえた師匠の口元はクチバシを強く結んでいた。わたしはやっと絞り出すように聞いた。


「…………いいのかな」


「いいに決まっておる!」


いつもみたいな綺麗な声とは違うゆらゆらした声で師匠が間髪入れずに肯定するから、わたしの目から熱い川が流れてきた。

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【2章連載中】もふもふ異世界で記憶喪失の私がアイドルになってしまったのですが! @tomoe13

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