真夜中にカップラーメンを食う悪役令嬢
春海水亭
カップ麺大好き
ミホス・アンカディーノは大学進学に伴って
その悪辣さと言えば庶民の想像を絶するほどで、ドリンクバーの注文だけでファミリーレストランに八時間居座り、インターネットで日々時間をゴミのように使い捨て、名目上の異世界ファンタジーの異世界要素を投げ捨て、ネタが無くなればKACに投げやりなエッセイやスピンオフ作品を投稿するほどである。
そんな、彼女が突如としてスウェットに上着一枚を羽織って、玄関の扉を開いた。
ひんやりとした夜の空気が、部屋の中に入り込み、思わずぶるりと震える。
季節は冬、時は今日でもなく明日でもないような微妙な頃。
身体の中にある透明な空気が、吐き出した瞬間に白く色づくような日であった。
(あ~~~、ごっつカップ麺食いたい!)
一人暮らしの大学生令嬢であるミホスは、当然インスタントラーメンを常備している。そして、その日は卵とわかめもあった。肉も野菜も無いが、インスタントラーメンというものは、卵とわかめが入っていれば十分に満足できるものであろうし、ミホスも普段はそれだけあれば十分――というような食生活を送ってきた。
だが、今日は違った。
普段、何を思っていようとも欲望というものは前触れ無く意思の扉を叩くものである。
(小さい容器の中にみつしりと具材の詰まったカップ麺!あれがええんですわ!)
どうしてもそれでなければならない食べ物というものはある。
今、ミホスの
コンビニの弁当コーナーに並んでいるタイプのラーメンでもダメだったであろう。
ミホスの隣室で二郎が営業していたとしてもダメだったであろう。
ミホスは欲望に身を委ねて走り出した。
夜がミホスを撫ぜる。
暗く、冷えて、乾いている。
イェーマグチは南の方に位置する王国であるが、それでも冬は寒い。
ミホスがどれほどの速さで走ろうとも、まとわりつく夜を振り払うことは出来ない。
それでも、ミホスはコンビニに向かって走る。
街灯は少なく、月の光は弱い。
剥き出しの夜は、ミホスに闇の色を雄弁に伝える。
一度、夜の暗さに負けてミホスは溝に落ちた上に、持っていたゲーム機まで落として、Rボタンを破損したことがある。
イェーマグチの一部地域の夜は厳しい。
それでも――コンビニはある。
深い夜の中で眩い光を放つ、若干駐車場の広いコンビニだ。
夜を拒むように、その全身で明かりを放ち、代わりに虫やヤンキーを引き寄せる夜中のコンビニだ。
ミホス・アンカディーノは成人式に行ったタイプの悪役令嬢である。
今更、年下のヤンキーに怯えるような人間でもないが、それでも絡まれるのは面倒臭い。会ったことはないが、夜中に大音量でバイクをふかすタイプのヤンキーである。絶滅危惧種であるが、だからといって保護したいとは思わない。ミホス・アンカディーノだってこの世界にたった一人の絶滅危惧種令嬢である。
「さっせー」
夜勤のコンビニ店員がミホスを迎え入れる。
常に同じ二人組である。一週間連続で勤務しているはずはないので、どこかで別の店員が入っているはずなのだが、どうもミホスが来店すると同じ店員に出くわす。だが、夜勤のコンビニ店員に思いを巡らせている場合ではない。
ミホスは一目散に、カップラーメンのコーナーへと駆け、カップヌードルの醤油味とそれよりも若干値段が安いコンビニのプライベートブランドを見比べた後、カップヌードルを手に取った。
そして、おにぎりコーナーで塩にぎりも掴むと、レジへと急ぐ。
「レジ袋ごりゃっしゃっしゃー?」
「いらないです」
夜勤のコンビニ店員は、おそらく嫌っているし――その中でも特に客を嫌っているのかもしれない。そんなことを思いながら、ミホスは買い物を済ませ、店内でカップヌードルにお湯を注いだ。
ミホス・アンカディーノは家までの僅かな距離が待てないほどにわんぱく令嬢なのか、否、そうではない。
ミホスはポット横のセロハンテープでカップヌードルに蓋をすると店の外に出て、カップヌードルを両手に持ってコンビニの窓に寄りかかった。
夜の闇はコンビニの明かりが殺したが、夜風の冷たさは明かりでは殺せない。
無造作に吐いた息は白く色づく。
呼吸が目に見えると、自分は生きていると実感するなぁと思いながら、ミホスはカップヌードルの完成を待った。
三分――ではない、お湯を注いでから二分三十秒でスマホのアラームが鳴った。
何でも無い音なのだが、スマホのアラームを聞く度にミホスは殺意を抱く。
安眠を殺す音である。もっとも今日はカップヌードルの完成を告げる福音であるのだが。
ミホスはカップヌードルを下に置いて、スマホのアラームを止める。
カップヌードルにお湯を注いでから、スマホのアラームをセットするまでに微妙な時間があり、そしてアラームを止めるまでにも微妙な時間がある。さらに蓋を開くのにも若干まごまごとする。
それを考えると、二分半ぐらいでアラームをセットするのが一番丁度良い感じの時間になるのではないかと、ミホスは思っている。
カップヌードルの蓋を開く。
白い湯気がもわりとミホスの顔に熱気を浴びせる。
食欲をそそる醤油の匂い。店で食べるもののような猛烈に食欲を掻き立てるものではない。だが、優しい匂いである。
(これですわ……!)
容器を覗き込めば、玉子に何らかの肉、そして海老にネギと所狭しと具材が並んでいる。
実際の具材の量を考えれば、カップヌードルよりも量が多いラーメンはいくらでもあるだろう。だが、この密度だ。今のミホスが求めているのはこの具材の密度であった。料理というのは視覚でも味わうものである。ミホスが見たい景色はこれであったのだ。
身体が震える。
夜の冷たさは、しかし――カップヌードルを持っている自分にとっては武器である。
外の寒さに凍えながら、しかし暖かいものを食べて身体の内を温める。
冬にこたつに入ってアイスクリームを食べるように、環境に抗う行為というのはどうも人間の何かを刺激する。
この寒さこそが、カップヌードルの最大の調味料なのだ。
ズッ。
ズズッ。
ズズズッ。
勢いよく麺を啜り上げる。
後はもう何も考えない。目についた順に食べていくのみである。
麺。玉子。肉。
海老が一番好きだ。
肉は口の中でほろりと崩れ、玉子はあまりにも柔らかいが、海老はその小さな身でしっかりと噛みごたえを主張する。
合間に塩むすびを挟む。
麺というものはどこか頼りなく見える。
細く、長く、するりと口の中を通り抜けていく。
それ故のスープとの相性というものもあるが、ガッツリ食べているという感じが若干足りなくなる。
故に、塩むすびだ。
余計な味がなく、しかし米であるのだから自分は今食べている――という感覚を刺激する。
カップヌードルの中身と塩むすびが半分ほどになれば、スープの中に塩むすびを投入する。
雑炊というにはあまりにも雑である。
麺も具もまだ残っている。
だが、これでいいのだ。
スープは残した方が良い。
そんな理性をねじ伏せて、ミホスはその全てをかきこんでいく。
(ハァ~~~~たまらんわ!!)
心の中でははしゃぎ、現実は無表情に留める。
ミホスはカップヌードルを食べ終えると、コンビニのゴミ箱に捨て、家路についた。
夜は暗く、冷えて、乾いているが、ミホスは気にしない。
カップヌードルの熱がいつの間にか身体の中に移っている。
満足感に包まれたまま、ミホスは溝に落ちた。
温まろうとも、夜は暗い。
真夜中にカップラーメンを食う悪役令嬢 春海水亭 @teasugar3g
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