真夜中に出会う
かさごさか
たまご三つは何円だったか。
町は寝静まり、両親も深い眠りに入ったことを確認して少年は居間に置きっぱなしの父の鞄から一万円札を抜き取ってポケットに押し込む。玄関に置いてある鍵を手に取り、スニーカーを履いて、今日は何処に行こうか。
突き刺さるほどの冷たさは和らいだが、暖かいとも言いがたい春の手前。少年は時折こうして夜の町へ泳ぎ出すことがあった。初めはゴミ捨て場まで、次は交差点まで、その次は家からいちばん近いコンビニまで、と徐々に行動範囲を広げ、ついに駅を出るまでになってしまった。
終電に身を滑り込ませ、今日は三つ先の駅で降りようかと考えている内に電車のドアが閉まる。少年が乗り込んだ車両には他にも二人座っていた。どちらもスーツ姿で深く首を曲げていた。
少年はリズムよく揺れるつり革を眺めていた。夜なので、窓は黒く塗りつぶされており鏡のように自分の顔がよく映る。少年はスーツの人たちと同じように深く首を曲げた。
電車から降りるとホームには少年以外、誰一人いなかった。そのことに少しの寂寥感と安堵を覚えるもすぐに靴底で踏み潰した。
見知らぬ町で少年は自由であった。補導というスリルはあれど中毒性のある解放感に少年は浸かっていた。
地図アプリを片手に家までの道を歩んでいく。途中、コンビニに寄って飲み物と軽食を買い歩きながら食べ進めた。
足の裏が痛み始めたので、座れる場所を探す。以前、休憩しようと地面に座ったところで、得体の知れない液体で手とズボンが汚れてしまったので、座るなら絶対ベンチ等にしようと少年は心に決めたのだった。
地図アプリが示す方向に歩き続けるとベンチだけが置かれた小さな公園に辿り着いた。腰を下ろし、時刻を確認すると日付が変わっていた。
「おい、」
ベンチに座って数分、ぼうっとしていた少年は後ろから声を掛けられその身を固める。心臓が口から飛び出そうとはこのことだったかと思うほど生からかけ離れた一瞬を過ごした。
「おい、お前だよ」
声は変わらず呼びかけてくる。おそるおそる振り向くとそこには一人の中年男性が立っていた。今まで深夜の外出中に話しかけられた事が無かった少年の脳内には思いつく最悪の事態がいくつも浮かんでは沈んでを繰り返していた。
「お前、名前は?」
先程より距離を詰めてきた男は名前を聞いてきたので、
「あ、青崎・・・」
と答えてしまった。
「知らない人に易々と名乗るもんじゃないぞ」
それじゃあ聞かないでほしい。そう思ったが口には出せなかった。男は「ちょっと付き合え」と言い歩き出した。青崎少年はそのまま見送ってこっそり帰ろうと思っていたが、数歩先で男が振り返り、青崎が来るのを待っていたので仕方なくベンチから腰を浮かせ男の元へと向かった。青崎はポケットの中の金銭をそっと握りしめる。生まれて初めて無事に帰宅できることを祈りつつ男の後をついて行った。
この出会いが青崎少年の人生を変えていく ―――のは数年後のことである。
真夜中に出会う かさごさか @kasago210
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