朝なんて来なければいいのに。

月代零

第1話

 眠りたくない。眠って起きたら、あっという間に朝になってしまう。

 眠らなければ、朝はやって来ない。

 もちろんそんなことはないってわかっている。わたしがどんなささやかな抵抗をしようと、地球は規則正しく回り続けている。それでも、朝が来るのを見たくなくて、夜の間起きて、明け方に気を失うように眠り、また太陽が落ちてから活動を再開する。

 そんな生活をして、もうすぐ1年になる。


 始めのうちは、学校に行けなくなったわたしを、両親はそれはそれは心配した。

 カウンセリングやフリースクールにも行ってみた。でも、どれも効果はなかった。


「あなたのペースで頑張ればいいのよ」


 お母さんはそう言った。けれど、最近はすっかりやつれて、ため息ばかりついているのを、わたしは知っている。お父さんともよく言い争っているのが、ドア越しに聞こえる。

 ごめんなさい。わたしは何も頑張れない。


 わたしは耳をふさいでうずくまる。世界の全てから目を背ける。

誰とも話したくない。どこへも行きたくない。

 それでもネットの世界に足を踏み入れてしまうのは、どこかで人と繋がりたいと思っているからなのだろうか。


 日が暮れてから起き出したわたしは、明かりも点けず、薄暗い部屋の中でパソコンの前に座り、オンラインゲームを起動する。

 世界でも有数の規模を誇るMMORPG、『エヴァーテイル・オンライン』。

 この世界でだけ、わたしは自由に息ができる。格好いい、可愛いキャラを作って、好きな服を着て、どこまでも旅をして。困った人を助けて、世界を救う英雄。現実のわたしのことは誰も知らない。理想の自分として振舞える。

 わたしは攻略の難しいダンジョンや強敵をクリアした称号をいくつも持つ、上級プレイヤーだった。得意なジョブはヒーラー。学校に行かず、ずっとゲームをしているのだから、当たり前と言えば当たり前だが。

 ゲームのキャラはレベルアップし、レアな装備もたくさん持っているけれど、ここにいるわたしは何の経験値も積んでいない。


 ここ数日は、実装されたばかりの新たな強敵に、連日挑んでいた。レベルや装備が強いだけでは勝てない、プレイヤースキルが要求されるボスだ。ブログやSNSでもまだ討伐報告はない。攻略情報は少しずつ出ているようだが、皆手探りという感じだ。わたしはずっと野良パーティで挑戦していたが、攻略の糸口が見えず、苦戦していた。


 ネットで見た情報を頼りに動きを確認し、戦闘を開始する。通常のパーティは4人だが、このボスは12人のレイドパーティで挑む。

 前衛が前に出る。バフをかける。攻撃力、防御力アップ。敵の全体攻撃。着弾に合わせて素早く回復。序盤は順調。

 しかし、徐々に素早い判断を要求される場面が増え、少しの操作の遅れが命取りになる。

 敵のモーションが変化した。次、強力な範囲攻撃が来る。仲間の半数ほどが避け切れずに、HPがゼロになる。回復、蘇生。間に合わない。全滅。


そんなことを何周か繰り返したが、敵のHPを半分も削れないまま、時間だけが過ぎていった。時計を見ると、真夜中、午前2時。わたしは大抵起きている時間だが、ゲーム以外の現実リアルがある仲間たちは、次々とログアウトしていく。

 お疲れ。おやすみ。

 わたしはどこにも行けない。

 画面の中の空は、藍色から暁の色へと変わっていくところだった。現実では久しく見ていない空の色。それを見つめていると、なんだか泣きたくなった。


 締め切ったカーテンの隙間から、かすかに光が差してくる。

 光に当たったら灰になって消えてしまいそうだ。わたしはカーテンの隙間をぎゅっと押さえる。このまま、本当に消えてしまえたらいいのに。


 夜明けまで、あと――


                                    了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朝なんて来なければいいのに。 月代零 @ReiTsukishiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ