星の手触り

蒼井どんぐり

星の手触り

「先ほど、第12航行団がついに着陸態勢に入ったとの連絡が入ってきました。5年ぶりの太陽系外惑星への着陸となります」


 部屋の前の大きなスピーカーから、最新のニュースが流れ込んでくる。


「また、プラネタリウムの情報、更新しないとな」


 私は心の高揚と共に、目の前の大きな画面に情報を打ち込む準備をし始めた。

 今、世界中がこのニュースに釘ずけになっている。久しぶりの新しい惑星への着陸である。不景気が続く最近は、こんな夢のある話はなかなかないということもあり、どのニュース番組でもこの話が持ちきりになっていた。


 この発見によって、また星々について新しい情報が付与される。


 私が館長をしているこの科学館も例外ではなく、こんな田舎のすたびれた場所でも、みんなはその話題で持ちきりだ。誰だって今日はそのことでみんなそわそわしている様子である。


如月きさらぎ館長もやっぱりワクワクしますよね! 聞きました? 次の見つかった新しい星、変わった地表をしているみたいで!」


 部屋の入り口あたり、別の入力端末の方から声がかかってきた。うちで働いてもらっている若手の職員、安田君だ。


「安田君はやっぱり詳しいね。もう事前調査のレポートとか読んだの?」

「ええ、読みましたよ! 今までの惑星とは全然違う生態があるんですよね!」

「まだ予想、とのことだけどね。でも、私が子供の頃はあの場所に行けるほどに技術が発達するなんて思っていなかった」


 そんなことを言いながら、目の前の入力端末に顔を戻す。

 球体型のインターフェース。その中に表示されているのは、地球周辺の星々の連なり。その中に見える、星座達の情報を選択し、編集していく。

 毎日のように語る、星や星座にまつわる話。それをプラネタリウムで上映しながら読み聞かせる。投影が平面のプロジェクターから立体のホログラムに変化したものの、映像とともに職員が実際に語って聞かせる昔ながらの方法は変わっていない。今ではそんなアナログな科学館も珍しいだろう。


 私は、その球体の画面に手を触れ、手で感触を感じる。だいぶ年季が入った、無機質なザラザラと少し錆びたモニター。

 私は、今は手が届かない、宇宙の先にある惑星に思いを馳せた。真っ暗な世界の先に現れる、一つ一つの星。

 私の手が星へと届いた、あの時の記憶が蘇ってきた。


                 * * *

「今日も夜更かしはダメよ〜」


 まだ私が小学生のころ、母は寝る前にいつも私たちの部屋に声をかけていた。


「はーい」

「わかってるよー」


 私と妹は平静を装い、静かに布団の中でその言葉に返事をする。


「サトシにい、もう大丈夫かな?」

「し、もうちょっと待って…」


 厚手の布団に二人で潜り込み、静かに声を潜めている。

 静かに待つこと数分、そこから私たちの夜の物語は始まる。


「もう行ったみたいだから大丈夫かな」

「じゃあ早く昨日の続き!」


 そう言って妹は我慢ならないという様子で、自分のベッドの布団を上に蹴飛ばして飛び出した。


「こら、ナミ、バレちゃうだろ! 静かに!」


 そういいつつ、私たちは待ちきれない気持ちを露わに準備をする。机の上に大事に保管している大きな球体と土台が組み合わさった筐体を私たちは部屋の中心に持ってきた。

 父が理科の勉強が好きな自分に買ってくれたホームプラネタリウム。その電源をカチッと静かに入れる。


「わぁぁ!」


 毎日見慣れていると言うのに、妹は静かに感動の声を漏らす。小さな子供部屋の天井に広がる満点の星空。家にできるホームプラネタリウム。

 これが私たちの毎夜の物語の舞台だった。


「昨日は蟹のお話を聞いたから、次は動物じゃないお話がいい!」

「動物って…。じゃあ、射手座のお話でもしようか。あそこのあたりにある星座だよ」


 そう言って、ホームシアターの横のつまみを少しいじり、投影する領域を横にずらしていく。

 私たちにとって、真夜中に天井に映し出される宇宙を巡っていくのが毎日の終わりにやってくる、秘密の冒険だった。


「宇宙って広いんだね。星が数えきれないし、いっぱいお話終わらないね!」

「そうなんだよ! それぞれの星に名前があって、年齢も一つずつ違う。光り方も大きさもみんな違うんだ」

「すごい! 私も星に名前をつけたい!」


 そんな風に私たちは毎日のように家の中に広がる宇宙を旅したものだった。


「あ、あの星はすっごい小さいね。 ちょっとしか光ってない」


 ナミが指さしたその星はとても遠く、プロジェクターの投影面ぎりぎり、天井の端に映っていた。

 僕はプロジェクターの台に手を触れ、表面を横にスライドさせる。照準がその星に定まるけれど、やはり特殊な情報は表示されなかった。


「あー、あれはちょっと名前がわからないな…。登録されてないみたいだから」

「えー、お話はないの?」

「うーん、何星かわからないからね... 」


 星が好きで自分で調べているとはいえ、小学生程度の知識だと、プラネタリウムで説明されるような星以外の知識はなかなか持っていないものだ。図鑑などにも載っていないと特に。


「いつかあそこに住めたりするのかな?」

「うーん、どうだろうね。ちょっと今のロケットじゃ行くのも難しいじゃないかな…」

「あの星には行ないんだ…」


 しゅんとしてしまったナミの顔を見ながら、私も何も言えず黙ってしまう。

 どうしても届かない星。今の私も知らない、そしてずっと知ることのないかもしれない星。そんな星がどうしてもあるのがこの広い宇宙なのだ。


「あ、そうだ!」


 そう言ってナミが突然飛び跳ねて、自分のベッドの方へと駆けていく。


「あ、こらナミ! 静かにしないとお母さんにバレちゃうだろ!」


 ナミは必死に自分のベッドの掛け布団を引っ張ってきて、広げ始める。

 そして、小さなその背を高く伸ばして、


「見てて!」


 そう言ってその布団を天高く放り、私たちとプロジェクターをその布団で包み込んだ。


「おい、何やって、危ないだ…」


 そう怒りかけようとした私の目の前に、布団が舞い降りる。

 そして、視界に黒い世界に彩られた星空が現れた。柔らかい布の裏側に広がる、光の点描。膨張する宇宙とは真逆にその光景が近づいてくる。どこまでも近く、すぐ目の前に広がっていく宇宙。

 太陽のように照らされる目の前のホームシアターから伸びる光が、その黒い空を暖かくも照らしている。その光景に、私は目を奪われる。


「これならお星様がすぐ近くに見える!」


 大きな布団の中で、彼女はさっきまでの悲しそうな表情とは真逆な笑顔を見せる。

 唖然としていたので、私は一瞬言葉に詰まったが、そんなナミの無邪気さに笑ってしまった。そうだな、遠いんだったら近くにしてしまえばいい。

 自分の手で、その星に触れるように。


「えへへ、このお星様、すごく柔らかいよ」


 そんなことを言いながら、ナミはさっきの星があるところしきりに手で撫でたり、叩いている。人類が届かないと思っていたその星に、彼女が触れている。


「そうだな。きっと新しい星は柔らかい星かもしれないな」


 そう言って、私も同じくその布団をしきりに触り、星の手触りを確かめた。


                 * * *

「だけど、そのあと、うるささに駆けつけた母さんに怒られたんだがな。危ないし、早く寝なさいって」

「へえ、館長、小学校の時から星が大好きな少年だったんですね」


 昔の話を振り返りついでに、つい私の少年時代の話を安田君に語ってしまっていた。だいぶ長話になってしまっていたのだろう。もう他の職員はすでに帰ってしまっている時刻になっていた。


「では、僕は今日はこれで失礼しますね。艦長はまだ?」

「ああ、もう少し編集していく」

「あれ、もしかしてあの星のデータ、抜け駆けして見る気じゃ。今日届くんですよね?」

「いやいや、月末のイベント用のデータの編集が残ってるだけだよ」


 本当ですかー、といいながら、安田君は名残惜しそうに編集室の外に向かっていった。


 その彼の姿を見送りながら、すまないな、と思う。

 嘘をつくつもりではなかったが、これはまず自分でゆっくりと確認したかった。


 編集画面横の端末から、モニターを開き、外部のデータへアクセスする。今日、先ほど、全てのプラネタリウムをはじめとする機関に提供された最新の星のデータだ。

 私はその星のデータを見る前に、付随していた中継データを確認した。

 銀河系の遥か外、そんな遠い場所だ。映像データは変換に時間がかかっているようで、まずはボイスデータだけが支給されている。それを再生してみた。


「…新しい星の地表はとても奇妙な性質を有している。綿飴のような、とても軽い手触り。とても地面とは思えない。初めての感触です」


 おそらく星に着陸し、地上へと降り立った時のボイスデータがノイズまじりに聞こえてくる。


「手触りはそう、羽毛のようには軽いですね。すごい。どうなってるんだろう」

「船長、なんか変な表現しますね」

「あ、いえ。あー、ちょっと昔を思い出しまして、つい」

「というと?」

「ああ、私は昔、布団の中で星に触れたことがあったんです。あ、と言っても、意味わからないですよね」


 そんな笑い声とも、照れともわからない、あいつの声が聞こえてきた。

 昔と変わらない無邪気な声だ。


 あいつが帰ってきた時にでも、この星の話してやろうと思った。

 あの時は語れなかったけれど、あいつが掴んできた星を、私が物語にする。

 私は再度、球体型のインターフェースに移り、その表面をスライドしていく。端にあるその星を見つけ、触れて、編集画面を開く。そこにデータを記入していく。


 その時、なぜか古びたモニターがどこか柔らかい感じがしたのは、きっと気のせいじゃないだろう。


 <了>

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