長い夜には魔法使いとダンスを

藤咲 沙久

シンデレラの25時


 魔法使いは怒っていた。継母たちが悔しがりながら帰ってくるのを拝んでやろうと屋敷に残っていたのに、シンデレラがしれっと先に帰宅したからだ。

 美しいドレスのまま、立派な馬車に乗り、息も切らさず綺麗な靴をキッチリ履いて。超絶余裕な様子である。魔法使いは納得がいかなかった。なに門限を守る箱入り娘みたいなことをしているのだと。

「も~~!! 素直で真面目な良い子はこれだから~~!!!!」

「それは私、もしかして誉められてるのかしら」

「誉めてる! でもよくない! よくないぞ!!」

 当のシンデレラはきょとんとしている。何も悪いことはしていないのだから、そうだろう。しかしぷんすこが収まらない魔法使いは、せめてこの気持ちを理解させたくて仕方なかった。

「シンデレラ、ちょっとそこに座りなさい」

 そこ、と別室から持ってきた上等な椅子を指す。私室ですらないシンデレラの生活スペースには不釣り合いなものだった。シンデレラは少し躊躇ったが、魔法使いが赤い頬っぺたを膨らませているので、可愛く思い従ってあげた。

「今は何時か言ってごらん」

「23時47分よ」

「オレ、24時で魔法解けるよって言ったよね」

「ええ。馬車がなくなると帰るのに困りそうだし、早めに出てきたわ。間に合ってよかった」

「靴は購入者が特定できるほどの限定品って言ったよね」

「ええ。割れないよう、よく気をつけてきたわ」

「違うじゃん、あれ前振りじゃん!」

 押すなよって言ったら押すだろ? と魔法使いは力説するものの、シンデレラはやっぱりきょとんとしている。それこそ素直で真面目な彼女には通じないというものだ。裏だとか含みだとか行間だとか、そういうのは書いていないのだから読めるわけもない。空気なんてもっての他だ。

 だからシンデレラは質問する。わからないことは素直に聞く。魔法使いがもっとぷんすこするとは思わずに。

「前振りって?」

「だから! イチャイチャ踊って、魔法が解けちゃうって慌てた君が靴を落として、途中で24時になって切なさと悲しみに浸りつつ片方だけ残ったガラスの靴を抱き締めるってのがあと15分後に起こるハズだったの! んで靴はオレが君に化けて買ってあるから後日確実な正体特定に至って二人はめでたくゴールイン、しっぽりあっはんな初夜を迎えるハズだったの! ていうか王子もなんで帰してんの?!」

 シンデレラは感心した。なんという肺活量だろう。滑舌もいい。もしかすると自分に掛けたもの以外にも、馬鹿みたいに長い詠唱魔法を使えるのかもしれないと思ったほどだ。

 そんなことを考えていたものだから、シンデレラが回答するまでたっぷり時間がかかった。それでも魔法使いは辛抱強く待っていた。

「私、王子様と踊っていないもの」

「はい?」

「そもそも踊れないもの、ダンス」

「はい~~~~?」

「私は壁際でずっと食事をしていたし、王子は絶え間なくダンスホールでくるくる周っていたわ。三半規管が強いのね」

 魔法使いは咄嗟に両手で顔を覆った。もし漫画のように吹き出しを付けるなら、きっと「神よ……」と書かれることだろう。なんか、勝手に踊れるような気がしてた。っていうか先に言ってよ。そういった感情を言葉にしきれず、三秒くらい覆っていた。

 肌を程よく晒す銀と青のドレス、流行りを絶妙に取り入れた髪型、男を惑わす甘い童顔と豊かなボディライン。それだけ揃って壁に花を咲かせるなんて誰が想像しただろうか。

 しかし現実はそうだった。舞踏会とはいえ、そこにいるのはほぼ女性だ。わんさか溢れる娘たちと踊るので王子は忙しいし、幸せそうに立食を楽しむシンデレラにちょっかいをかける若い男もいない。そうして時間をきっちり守って、花より団子姫は無事に帰還したのである。

「チャラついた逆ハー婚活パーティー開くような不良王子なんだから、壁の花までマークしろってんだよ。素材がいい上にオレが飾ってんだぜ? まったく……」

 自身の不満を表そうと、魔法使いがローブの裾をバタバタと振ってみせた。夜色がはためく。シンデレラはそれが綺麗だと思った。ちょこんと結んだ魔法使いの後ろ髪が揺れるのも、可愛く感じていた。

「ぎゃくはーって何かしら」

「それは今度教えるから。だいたい君、お妃になりたいんだろ? 舞踏会に行きたがってたんだからさ。なのに踊れないわ、王子ガン無視だわ、どういうことよ」

「一般人がお城に入れる機会なんてないのよ? 王宮のご馳走なんて、今夜を逃したら一生食べられないじゃない」

 王子様、宮廷料理に完敗である。しかしシンデレラは本気だ。

 ああ、私もお城の舞踏会に行きたい。一晩続く催しならば多少食事も出るはずだ。きっと美味しいんだろうな。うっとりしながらの妄想、その一文目しか声に出されていなかったのだから、魔法使いにもわかるわけがなかった。

「でもさぁ。あんな、性格の悪い継母たちに囲まれる生活から……抜け出せたかも、しれないんだぞ」

「あら、お義母さんたちは悪い人じゃないわ。思ってることを素直に言えるのは美徳だもの。私が掃除に使ってるバケツを引っくり返しちゃうドジなところも、ちょっとチャーミングよ」

 シンデレラ天然説浮上に魔法使いも目頭を押さえた。これまでそんな気がしなかったと言えば嘘になる。というか嘘だ。頭の片隅ではわかっていた。

(でも強がってるんだと思うじゃん普通……マジでそう思ってたのか~)

 王子が好きだったわけでも、継母たちに不満があったわけでもない。魔法使いの盛大な空回りではあったが、まあシンデレラの望みを叶えたことには違いなかった。

「君が望むならと思って、オレは……。でもそうか、そうか……別に好きじゃなかったんだ。ふうん、ふうん。まあ、それはそれでいいか」

 不思議と悪い気はしない魔法使いはぴょんぴょんと跳ねた。シンデレラは、子供みたいなその動きを微笑ましく思って見つめた。それから笑って「それに」と言葉を続ける。

「考えてみて。こんな庶民がお妃になんてなったら、きっと周りから苛められて不幸に決まってるわ」

 魔法使いは跳ねるのを止め、咄嗟に足元を見た。もちろん落ちた鱗を探したのだ。いやまったくその通り、ぐうの音もでない。今なんて比じゃないほどイビられ倒すだろう。なんで考えつかなかったのかと俯けば、また夜色がゆらりと揺れた。

 参ったなと小さく笑い、魔法使いは自分の髪をちょんと摘まむ。どうやら彼は、つい考えが浅くなるほどシンデレラに夢中だったらしい。そのことを自覚してしまったのだ。

 たまたま出会って、幸せになればいいなぁと思っただけの女の子。いつも見守ってきた優しい子。だから今夜、魔法使いの姿で彼女の前に現れた。まさかこんなことになるなんて今日一番の驚きだ。

「……なあ、君が踊れないって言うならさ。まだまだ夜は長いんだし? オレがステップを教えてやるから、二人だけの舞踏会と洒落込もうぜ、なーんて……」

「そんなことより魔法使いさん」

「そんなことより」

 わりと本気で傷ついた顔をした魔法使いに気づきもせず、シンデレラは質問する。わからないことは素直に聞く。魔法使いが真っ赤になるとは思わずに。

「私はあなたと今日が初対面のはずだけど、私の家族や私のことをよく知っているのね」

「えっ」

「前にどこかでお話ししたことあったかしら」

「ないっないぞ! 決して郵便屋や御用聞きや二十日鼠の姿なんかで会ってないぞ!」

「どうして今、郵便屋さんや御用聞きさんや二十日鼠が出てくるの?」

「んああああ~~~~っ」

「あなたって不思議で面白い人。もっとお話を聞いてみたいの。だって、夜はまだまだ長いのでしょう?」

 いつの間にやら魔法も解けた、ネズミも眠る真夜中のこと。まだまだ魔法使いは逃がしてもらえそうにない。シンデレラの好奇心いっぱいな質問攻めは、継母たちが帰宅する25時過ぎまで続いたそうだ。

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長い夜には魔法使いとダンスを 藤咲 沙久 @saku_fujisaki

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