死神と仲良くなった、真夜中に。

正妻キドリ

第1話 死神と私は似た者同士

私は今、信じられない光景を目にしている。


目の前に死神がいるのだ。


私は唖然として、ただ死神を見ていた。


その死神は、黒いローブを身に纏い、大きな鎌を持ち、顔は骸骨という、如何にも死神らしい風貌をしていた。そして、何故か「やべっ!見つかっちまった!」などと喚きながら焦っている。


自分がおかしくなってしまったことを真っ先に疑った。それで変な幻覚を見ているのだと。それか、いつの間にか眠ってしまっていて、今見ているものは全て夢であるか。そのどちらかだと思った。


でも、幻覚や夢にしては鮮明で私の意識もしっかりとしている。


あり得ないことだと思うけど、もしかして現実?


私がじっと死神を見つめると、死神は「ハ、ハロー。に、人間の挨拶ってこれで合ってる?」と言って手を振った。


「あなた…死神?」


私が聞くと死神は、はぁーと大きな溜息を吐いてから答えた。


「ああ!そうだよ!俺は死神だよ!また人間に見つかっちまったよ、クソ!またあいつに怒られなきゃならねーじゃねぇか!」


何やら死神はイライラしている。怒られる?誰に?


「誰に怒られるの?死神の先輩?」


私がまた質問すると、死神は少し驚いた様子でこちらを見た。


「お嬢ちゃん、怖がらないんだな。前の子は怖がって叫んでたぜ?」


私は死神なんて怖くない。だって…


「死神なんて怖くないよ。だって、今から死ぬつもりだもん、私。」


そう、私は今から自殺するのだ。


私は今、椅子の上に立っている。そして、首には天井からぶら下げられたロープが巻かれている。


あとは椅子から降りるだけだった。そうすれば、自らの命を絶つことが出来たのだが、その直前で目の前に死神が現れた。


「前の子も自殺しようとしてた。でも、俺を見た瞬間に叫び声を上げて、その場から逃げてった。お陰でその子は自殺をやめちまった。」


「へー。いいことしたじゃん。」


「よくねーよ!死神が自殺を止めるなんて愚の骨頂だ。お陰で俺は、あのクソ野郎にこっ酷く怒られ…はあ…。」


死神は、再び大きな溜息を吐いた。


なんか、死神にも色々あるらしい。


私が、俯いている死神をじっと見ていると、死神は突然、私の方を見て手を合わせて頼むように言ってきた。


「な、なあ、お嬢ちゃんは死ぬつもりだったんだよな?頼む!このまま死んでくれ!お礼は何でもするからさ!」


死んだらお礼もクソもないと思うんだけど…。それに、そんな言われ方したら、なんか死にたくなくなってきた。


「なんか死にたくなくなってきたんだけど。っていうか、死神なら自分で私の命奪えば?」


「それは出来ねぇんだ。許可が降りた人間の命しか奪えない。どうせ、自殺しかけてたんだから、と簡単に奪えるものでもないんだ。だから頼む!自殺してくれ〜。じゃないとまた怒られる!」


「さっき聞いたけど、誰に怒られるの?そんなに怖い人?あっ、人じゃなくて死神か。」


そう聞かれた死神は戸惑っていたが、少し考えてからこちらを見て言った。


「話してもいいけど、誰にも言わないでくれよ?」


「そもそも誰に話しても信じてくれないと思うんだけど。」


それを聞くと死神は静かに喋り始めた。


「実は、俺は死神の中では落ちこぼれなんだ。死神会社での成績は悪いし、人間の魂の回収だってよくミスっちまう。前の子とか、今回のお嬢ちゃんみたいにな。そんでいっつも俺ばっかり怒られててよ。特に直属の上司がクソ野郎でよ。俺がよくミスることをいいことに、自分のミスを俺のせいにしたり、めちゃくちゃ細かいことで俺に説教したりしてきて…。はぁ…。あいつ絶対、俺で憂さ晴らししてるだろ、くそが。…まあ、とにかくそいつに、また失敗したことを報告したら、クソ味噌に怒られることが分かりきってるから、お嬢ちゃんにはそのまま死んで欲しいんだよ…はあ…。」


死神はそういうとベッドの上に座り、下を向いて黙ってしまった。


私は、そんな死神を椅子から見下ろしながら言った。


「ふーん。色々大変なんだね。でも、なんか人間の悩みと似てるね、それ。似てるというかほぼ同じだけど。」


私は、首にかかっているロープを解いて、椅子からピョンと飛び降りた。


その様子を見ていた死神は、少し残念そうにしていたが、私は構わず死神の横まで歩いていって、隣に座った。


「私が自殺しようとしてたのはね、何もないからだよ。私は今、高校生なんだけどね、学校の成績も悪いし、運動も出来ないし、友達と呼べる人もいない。毎日、楽しいことは何も無くて、ただ行って帰ってを繰り返すだけの日々。唯一、好きで得意だったのは絵を描くことだったけど、人前に作品を出してみても誰も評価してくれなかった。自分で得意だと思い込んでただけだった。それから絵を描くこともやめちゃって、それで…」


私は、俯いて答えた。


「ある日、1人のクラスメイトに聞かれたんだ、『お前生きてて楽しいの?』って。」


ほーう、と死神は顎をさすっていた。


「それで私も、もういいかなって思っちゃって、それで…これ。」


私は、天井からぶら下がっているロープを指差した。


死神は、なるほどな〜と言いながら腕を組んで、ロープと椅子と隣に座っている私を順に見た後、真っ直ぐ前を見て言った。


「人間も死神と同じく、色々と悩んでるんだなあ。普段、そんなこと考えないから、勝手に、人間は頭空っぽで生きてるもんなんだ、って思い込んでたぜ。」


「いや、そこは考えなよ。だから、成績悪いんじゃないの?」


んだとぉ!コラ!と、死神は怒った。


それを見て私は笑った。


死神も同じく笑っていた。


「なかなか面白い人間だな〜、お嬢ちゃんは。名前なんて言うんだ?」


「瞳。あなたは?死神さん。」


「俺はペイモンだ。しかし、そいつ酷いな。」


「そいつって?」


「瞳に『お前生きてて楽しいの?』って聞いてきた奴だよ。まぁ、そんな質問を他人にする時点でそいつも大した人生を歩んでなさそうだがな。」


私は、ペイモンの方を見た。


すると、ペイモンもこちらを見て、「違うか?」と聞いてきた。


それに私は力強く答えた。


「そうだよ。あいつ、ただのキョロ充だもん。他人と比較しないと生きてけない哀れな奴だよ。今度、アイツに逆に聞き返してやる。『お前の方こそ生きてて楽しいの?』ってね!」


「おお〜。いいぞ!言ってやれ。瞳がそいつにカマすんなら、俺はクソ上司に一発かましてやる。『うるせぇ!クソ野郎!いちいち突っかかってくんじゃねぇ』ってな!」


「いいね!後輩を憂さ晴らしに使うなんてロクな先輩じゃないし、そういう人はきっとそれくらい言わないとわかんないよ!」


言ってやれ!と私は拳を上に突き上げて言った。


なんだか、死神と話しているとは思えなかった。目の前にいるのは、間違いなく死神なのだが、同じ様に悩んでいて、相手の悩みに共感して、互いに励まし合った。まるで、友達の様に。


「俺達、気が合うみたいだな。」


そう…なのかな?と私が困りながら返答すると、ペイモンは私の方を見て数回頷いた後、天井に吊られてるロープに目をやった。


「瞳、お前本当に自殺しようとしてたのか?今のテンションの高さを見ると、本気だったとは思えないんだが…」


それを聞いて私は、ペイモンの目を見て答えた。ないけど。


「本気だったよ。でも、自殺してたら後悔してたかも。だって、その時は無性に死にたくても、少し時間が経てば、まったく死にたくなくなったりするもん、今みたいに。」


私は立ち上がってから続けた。


「ペイモンは、私の命の恩人だね。死神だけど。」


それを聞いたペイモンは、鎌を持っていない方の手で後頭部をさすりながら言った。


「いや〜、不本意だがそうなるか〜。まぁ、俺も瞳に愚痴を聞いてもらったからお互い様ってところかな。」


それから、私達はいろいろと話をした。周りの人間の愚痴を言い合ったり、悩んでることを相談し合ったりした。


とても楽しい夜だった。今までに経験したことがないくらい。


あっという間に時間が過ぎて、私の前に死神が現れてから2時間が経っていた。ペイモンは「そろそろ行くか。」と言って立ち上がった。


「俺は、そろそろ戻るわ。ったく、帰ったらめちゃくちゃ怒られるぜ。あのクソ野郎の怒った顔が目に浮かぶ。まぁ、もう気にしないがな!」


ペイモンは、そういうと静かに宙に浮いた。

そして私の方を向いて、手を振った。


「あ、そういば、人間の挨拶ってハローで合ってたのか?」


ふと、思い出したかのように聞いてきたペイモンに私は彼を見上げながら答えた。


「まぁ、合ってるかな。でも、お別れする時はまた違う言葉になるよ。」


「ヘ〜。じゃあ、こういう時はなんて言えばいいんだ?」


「またね…かな?」


ほーうとペイモンは顎をさすっていた。どうやら、これは彼の癖らしい。


「じゃあ…またね、瞳。あんまり思い詰め過ぎるなよ。全員がそうじゃないが、死んでから後悔してる奴もいっぱいいる。俺はそういう奴をいっぱい見てきた。だから、なんていうか…その…早まるんじゃないぞ。」


ペイモンは、そう言って上に上がっていった。そのペイモンを追いかけるようにして私は言った。


「ペイモンも!あんまり気にしすぎちゃダメだよ!今日、話してて楽しかった!また…会いに来てくれる?」


天井ギリギリのところでペイモンは答えた。


「おいおい!今度、瞳が死ぬ時は寿命かなんかだろう?もう、おばあちゃんになってるんじゃねぇか?」


ペイモンは、そう言って笑っていた。


「まぁ、そうなる前に俺から会いに行くわ。勿論、死神じゃなくてただの友達として。」


そういうとペイモンは、天井をぬるりと抜けて何処かに消えてしまった。


私は、しばらく天井を見ていた。


天井には、死神が出ていった場所の隣にロープが吊るされていた。


そのロープと真下にある椅子を片付けて、窓の外を見た。


真夜中の真っ暗な空に満月と星々が輝いていた。


私は、少し微笑んでから呟いた。


「もう少し頑張ってみるか。」


私は死神と仲良くなった、真夜中に。


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死神と仲良くなった、真夜中に。 正妻キドリ @prprperetto

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