小夜降る

葛鷲つるぎ

第1話

 宙をぼんやりと漂い、小夜は夜の町を見下ろした。

 人工灯で輝く街並みは天空の星々を隠し、煌々と人類の繁栄を謳っている。


 これによって消滅の憂き目に遭っている妖や精霊の、怨嗟の声は当然ながら絶えないが、たとえ精霊の血を引いていようとも、小夜には興味がなかった。人間への興味もなく、どっちつかずの立場は小夜を孤立させたが、それもまた少女本人にはどうでもいいことだった。


 ぷかぷか……。ぷかぷか……。


 小夜は生霊の姿で宙を浮いていた。最初は夢かと思っていたのだが、当てもなく夜をさまよい景色を眺めているうちに、今見ているものは現実だと気が付いた。

 生霊を飛ばすことは最悪死に至る危険な状態のはずだったが、朝になれば勝手に戻るだろうと気にも留めていない。


「いや、気に留めろー!」

「うん?」


 朱槍が真横を通り過ぎて、小夜は瞬いた。

 ぱちん。

 泡が弾けたような音がして、意識が明瞭になる。そしてがくんと、身体が重たくなった。

 そのせいか重力に従うように、小夜は頭から落ちていく。

 朱槍も一緒に落ちて、それは解けるように消えていった。

 あわせて目の端で、すー、と星が流れる。


「ほし」

「お前はもー!」


 受身一つ取ろうとしない小夜を、男が受け止めた。

 その感触に、小夜は自分が生霊から生身の身体に戻っていることに気づく。


「……おはよう?」

「まだ真夜中だ。運んでやるから、このままねんねしな」

「ふぅん」


 少女のどうでも良さげな返事に、男は鼻を鳴らす。


「ったく。無自覚に生霊飛ばしやがって。びっくりしたぜ……」

「私もびっくりした」

「あ? 何にだ。生霊飛ばしたことか? いまのことか?」

「いまかな。目が覚めた。寝れない」


 男はため息をつく。


「生霊飛ばすよりは健康だろうよ」

月木げつき、寝れない」

「いざとなったら俺の霊気を流してやるから」


 今度は小夜がため息をついた。


「精霊の気をもらったら、後で困る」


 月木は高位の精霊であるから、それをもらったと知られると、人間社会では面倒なことになりやすかった。ただでさえ、月木がどうして小夜の傍に居るのか不明で、疑惑の目を向けられているというのに。


「気が休まらないよりは、ずっといいだろ。それが嫌なら早く寝るんだな」

「分かったよ」


 仕方なく、小夜は目を閉じた。


「おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 目的も何もなく漂う生霊は、浮遊霊よりたちが悪い。肉体は格好の依り代だし、生霊は煮るも焼くも容易い。

 若い子供がそういう目に遭うのを、月木は好ましく思わない。


「――しっかり休めよ」


 月木は、自分の両腕の中に生身の小夜が居ることを今一度確認すると、空を駆けた。


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小夜降る 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

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