真夜中の攻防

猫餅

真夜中の攻防

3月下旬。

寒さも緩んできた今日この頃、皆さんいかがお過ごしだろうか。

昼間は暖かくなってきたが、寒さが戻ってくる日もある。

何より夜中はまだまだ寒い。

そんな夜中に俺は何をしているかというと−


トイレに篭っていた。


現在時刻は午前2時。バリバリの真夜中だ。

本来であれば、花金であった今日(正確には既に土曜日であるが)、ぬくぬくと布団に包まれて日頃の疲れを大いに癒し、昼まで惰眠を貪る予定であったにも関わらず、何故こんなことに。

腹痛に苛まれて目覚めた時には回らなかった頭が、原因を追求しようと急速に回転し始めた。




時刻−午後9時

今週も無事に仕事を乗り切り、スーパーで買い込んだ愛しのビールその他アルコール類と共に帰宅した俺は、マイラヴァー(アルコール類、ちなみに俺に彼女はいない、寂しい独り身、彼女随時募集中である)を冷蔵庫に恭しく収めた後、冷えるのを待つまでの間に風呂に向かった。

自分への労りを込めて入浴剤入りの風呂に浸かり、仕事の疲れを癒した後は、お待ちかねのデートタイム(飲酒)だ。


今日のツマミは、冷蔵庫に入っていたチーズと枝豆である。

風呂上がりのホカホカとした体に、冷蔵庫が頑張って冷やしてくれたビールの冷たさが染み渡る。

そして口へ放り込むは、塩気のあるチーズに枝豆…、ビールの苦味と塩分のコラボレーション。

この瞬間のために俺は生きている、ビールに枝豆、チーズは最高。

これぞ世界の真理である。


そして、ワイン、チューハイ、日本酒と俺の一人晩餐は続いた。

ワインやチューハイを呑む際に、デザート系のツマミも買ってくるべきだったかと少しの後悔を抱えたが、次回の楽しみが増えたと思うことにしておく。


そんな幸福な腹と思考をもって、俺は布団に潜り込んだ…はずであった。



そして現在時刻午前2時。

俺はトイレで腹痛と戦っていた。


起床時の爆発的な痛みを乗り越えた俺の頭が考え始めたのは、こうなった原因である。

今日買ってきたばかりのマイラヴァー達はもちろん無罪である。

万が一有罪であったとしても、マイラヴァー達は無罪にするのがこの裁判の長である俺であるが、今日の場合はあり得ないだろう。

日常生活の相棒、冷蔵庫くんが頑張りすぎて腹が冷えた可能性もあるが、それにしても痛みが酷い。


考えられる可能性として一番有力なのは、そう−チーズと枝豆だ。


あいつらの消費期限はいつであったか…。

酒さえ呑めれば、ツマミは二の次になってしまうことも多い俺である。

花金だと浮かれた頭で晩餐の準備を進めてしまったので、ツマミの消費期限のことなど考えていなかった。


ツマミなど、あくまで酒のお供に過ぎないと軽く考えて食べてしまったチーズと枝豆の恨みか、これからはシッカリと味わって食べる、だから許してくれ。

そう考えてももう遅い。俺の腹の中で戦いの火蓋は既に切って落とされたのだ。


取り敢えずの原因を特定したところで、次に考えるべきは下痢止めの有無だ。


だが、食べ物の消費期限すら気にしないズボラな俺である。

風邪薬や頭痛薬がこの部屋にあるかどうかさえ怪しい。

それならば買いに行けばいい話なのだが、家賃の安さと引き換えに手にした立地の悪さによって、近くのコンビニまでは徒歩10分。自転車ならば5分。

腹痛の大敵である真夜中の寒さに耐えながら買いに行けるのか−正直、自信はない。

こんな夜中に下痢止めを買いに走ってくれるような友人も思いつかず、心にまで冷たい風が吹き抜けたところで、俺は決意を固めた。


痛いなら、出し切ってしまえ、ホトトギス


諸悪の根源を全て出し切るのである。

俺は腹痛と正面から向き合い、戦い抜く覚悟を決めたのだ。

全ては、明日の惰眠と怠惰な休日のために−!


そうと決まれば、早急に物を出し切り、かつ、脱水症状を防ぐためにも用意すべきは「水」である。

これはお手軽に用意できる水道水でいいだろう。


トイレから這い出すように離脱した俺は、早速コップに水道水を汲んだ。

うん、ビールとは比べ物にならない味気なさである。

だが、今の俺の相棒はコイツなのだ。

文句を言ったせいで、チーズと枝豆の二の舞になってもらっては困る。

快くご協力いただき、ネクスト相棒である布団にバトンタッチしてもらう為にも、俺は誠意を込めて水道水を飲んだ。



現在時刻午前2時半。

水道水の効果か、ツマミ達の謀反か、再びトイレの住人となった俺である。

起床時よりは良くなったが、やはり激しめの腹痛と戦っている俺ではあるが、

出し切ってしまえば全て終わるという希望を見出した結果、深夜テンションも相まって、不思議な高揚感を抱えていた。

今なら、トイレを親友と呼べそうな心境である。


戦いの終幕は確実に近づいている


そんな期待を抱いていた俺は、この5分後、再び絶望に襲われることになった。


時刻は午前2時35分。

トイレットペーパーがなくなった。


何度も言うが、ズボラな俺である。トイレットペーパーの買い置きなどない。

ボックスティッシュはおろか、ポケットティッシュすら、現在この部屋にはない。


ついに親友のトイレにまで見放された。


そう絶望した俺に、悪魔が囁いた。


−仕事鞄の中に、書類が入っているじゃないか、と。


後々考えてみれば、シャワーを使ってしまえば良かったのである。

水場であるから掃除はしやすいし、このご時世の社会人の常識として携帯用のアルコールスプレーは持っているから、念入りに掃除した後に吹き掛ければ、

元々潔癖症とは程遠い俺のこと、今後も気持ちよく風呂場を使えたはずである。


しかし、この時の俺は、絶望感とアルコールによる酔い、更には眠気で正常な判断ができなかった。


そもそもプリントアウトした書類だ、元データはパソコンに入っている。

ならば、使ってしまってもいいのでは…?


午前2時40分。

俺の決断は早かった。


午前3時。

こうして、数々の試練を乗り越えて、ネクスト相棒「お布団」に快く迎えられた俺は、当初の予定通り惰眠を貪りに貪った。


そして、現在土曜日の午後4時半。

新たに追加された予定を遂行すべく、俺は外出の準備を進めていた。

下痢止め、トイレットペーパー、ボックスティッシュにポケットティッシュ、そして新鮮なチーズと枝豆を買いに行くために。

今度のお前らのことは、消費期限以内に誠心誠意食べるからな、そんな決意を抱えて玄関を開き、スーパーへ向かった。


デザート系のツマミは、またしても忘れた。

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