#5 お友達

 瞼越しに明かりを感じる。もう朝か。

「……ん?」

 起きようと体を動かすと背中に何かが当たった。

「はぅ~……」

 すぐにくぐもった声が聞こえ正体が判明する。


「ふふ、いつの間に入ってきたんだい」

 ベッドから下りて布団をめくると、眩しそうに目を瞑ってうずくまっているマキアが現れた。

「はぅ、おトイレのあとぉ……」

 部屋を間違えてしまったのだろうか。しかし、マキアが入ってきたことに気付かなかったとは、それだけ眠り込んでいたのか。やはり高いベッドは寝心地も違うようだ。


「おはよう、目が覚めたかい?」

「えへへ、おはようシュリル」

 まだ眠たそうな顔をしているので、一緒に洗面所へ向かった。


「ねぇマキア、昨日の夜は部屋を間違えたのかい?」

 口をゆすいで顔を洗い、着替えを済ませてからボクはマキアに聞いてみた。

「ううん、シュリルと一緒に寝てみたくなったの。お部屋に勝手に入ってごめんなさい」

「怒ってるわけじゃないんだ。それで、寝心地はどうだった?」

「えっとね、あたたかくてすごく安心してぐっすり眠れたの」

 その答えを聞いてこちらも嬉しくなる。


「そっか……なら、これからも一緒に寝るかい?」

「いいの? あ、でもイムリスに一人で寝なさいって言われちゃうかも」

「その時はボクから適当に理由付けて言うよ」

「はぅ、ありがとう!」

 一緒に寝るのはボクにとっても都合がいい。何かあった時にすぐに守れるからだ。


「みんなおはよー!」

 ご機嫌に挨拶するマキア。

「おう、おはよう二人とも。 ちょうど朝食の支度が終わったところだ」

「さ、シュリル様マキア様こちらへ」 

 ウィルに促され席に着く。元気な体は美味しい朝食から、遠い昔に剣の師匠に言われた言葉を思い出す。


「――ごちそうさまでした!」

 すぐには立ち上がらず、魔法で片づけられていく食器を眺めながら今日の予定を考える。

「シュリル様、今日はどうされますか?」

「そうだねぇ、朝からまた街に行って別の地区の様子でも確認しておこうかなって思ってるんだ」

「シュリルたち、また街に行くの?」

 街という単語に反応してマキアの瞳が輝いた。

「マキアが平気なら行ってもいいぞ、ただし二人から離れるなよ」

 察したイムリスが先手を打つ。

「ありがとう! イムリス大好き!」

 喜びのあまりマキアは抱き着いた。

「お、おう。気をつけて行って来いよ」

 分かりやすく照れている。微笑ましい光景にこちらも気持ちが温かくなった。


 支度を済ませ玄関を出て、街までの道を三人で歩く。もちろん、手を繋いで。

「今日はどこまで行くの?」

「昨日行った広場よりもさらに奥の地区かな」

「居住地区ですね」

「きょ、きょじゅーちく?」

 慣れない言葉に目を丸くしている。すかさずウィルが説明に入った。

「居住地区とは簡単に言うと、たくさんの人が暮らしている場所ですね。ちなみに昨日の広場は商業地区と言って、お店が多く並んでいる場所のことです」

「そうなんだ、シュリルたちの家もそこにあるの?」

「ボクたちはもう一つの地区に暮らしてたから、そっちに家があるんだ」

 もう一つと聞いて驚いた顔をするマキア。

「ふふ、ルトーデルは大きい街だからね。それに地区にも名前があって、商業地区はマードラル、今から行くところはミファーロ、ボクたちの家があるのはエベルスっていうんだ」

「が、頑張って覚える!」


 広場を抜けてミファーロ地区へかかる橋に向かう途中の路地に入った。そこで――

「あら? もしかして、シュリルちゃんとウィルちゃん?」

 行きつけのカフェの店主、カルエナに声をかけられた。

「おはよう、カルエナ。久しぶりだ――」

「あ、カルエナさん、おはようござ――」

「二人とも生きてたのね! 急に姿を見せなくなったから心配してたのよ!」

 ウィルもろともカルエナの胸へ抱き寄せられる。彼女は世話好きで優しい女性だ。そして力強い。

「し、心配かけてごめんよ。なんせ昨日目が覚めたばかりでね」

「いいのよ、こうして姿を見せてくれたんだから! ところで、こちらの可愛らしいお嬢さんはどなたかしら?」

 熱い抱擁から解放され若干よろめいたが、なんとか持ちなおす。

「はぅ……えと……」

 先ほどのやり取りを見て怖くなってしまったのか、マキアはカルエナの顔を見たまま固まっていた。


「この子はマキアっていうんだ。ボクを助けてくれた人の息子でね、一緒に街を見て回ってたんだ」

 イムリスのことを考え、あえて彼の名前は伏せておく。そしてさりげなく訂正もしておこう。

「え、息子? あらやだ、おばさんたら間違えちゃったわね、気を悪くしたらごめんなさい」

「だ、大丈夫だよ」

 会話の雰囲気から、怖くないと感じたのかマキアの表情が和らいでいく。

「あたしのことは気軽にカルエナって呼んで、カルちゃんでもいいわよ? よろしくね、マキアちゃん」

「よろしくお願いします!」


「さて、もっとあなたたちとの会話を楽しみたいけど、そろそろお店に行かないと。またね、三人とも!」

「ん、また」

「今度みんなで紅茶を飲みに行きますね」

「カルちゃん、またねー!」

 去っていく背中を見送り、ボクたちはまた歩き出す。


「館のこと、どこまで話していいんでしょうか」

 ぽつりとウィルが呟く。

「そう思ってちょっと誤魔化した。相手がカルエナだったからよかったけど」

 彼女は人の過去などを詮索しないタイプだ。彼女のカフェが人気なのもそれが理由だろう。

「まあ後ろ暗いことがあるなら、ボクはそれを隠してあげるだけかな。何かあったら、さっきみたいにぼかせばいいだけだし」

「ふふ、そうですよね」

 安心したように微笑むウィル。

 イムリスたちの過去に興味がないと言えば噓になる。ただボクは強引なやり方が好きではないだけだ。その時が来るまでいくらでも待とう。待つのは得意だ。


「いっぱい水が流れてる!」

 橋の上に差し掛かると、マキアが忙しそうに首を左右に振っている。

「マキア様、そんなに首を振ると痛めますよ」

「これはヒュール川といって街の真ん中を流れる大きな川だよ。海まで続いてるんだ」

「海って、絵本で見た水がもっとたくさーんある場所?」

 マキアは目一杯手を広げて海のイメージを表現した。

「そうそう、こーんなに広いんだ」

 ボクも真似をして手を広げる。その様子を見ていたウィルも――

「えっと、ババーンって感じです」

 同じく手を広げた。


「海ってそんなに大きいんだね、見てみたいなぁ……」

 川の流れる方を見つめるマキア。初めての外の世界に臆することなく、むしろその瞳は好奇心に満ち溢れていた。

「ボクたち三人が手を広げても全然足りないくらいさ」

 様々な世界を渡り歩いていた頃、海はどこにでもあった。この世界にも存在しているのは遠い昔に確認済みだ。まれに無い世界も見たが。

 この子は海を前にした時、どんな顔をしてくれるだろうか――

「今よりももうちょっと外が暑くなったら、ボクがキミを海に連れて行ってあげる」

「ほ、ほんと!?」

「約束する、ゆびきりしよう」

 海を見せてあげたい、先の長い約束だが守ってみせる。堅い決意と共に小指を交わした。

「ありがとう、シュリル!」


 橋を渡り終えると、商業地区とは少し違った景色が広がる。背の高い家々が並び、広々とした公園では子供たちが遊んでいた。楽し気な声が聞こえる。

「あ、あの子たち。おーい」

 よく見ると見覚えのある姿がそこにいた。近づいて声をかけてみる。

「あー! シュリルさんだ!」

「え!? 本当だ、ウィルさんもいる!」

「マジか!」

 ボクの声に気付き、急いで集まってくる三人の子供たち。みんなエベルス地区に暮らしている子で、言わばご近所さんだ。


「元気そうでよかった~」

「あの日以来姿が見えなかったので心配してたんです」

「アニキもウィルさんも無事だったんっスね!」

 以前と何も変わらない賑やかさ。あの事件で心身ともに傷を負っているのではとこちらも憂いたが、むしろボクたちの心配をしていてくれてたようだ。安心と喜びで胸がいっぱいになる。

「ん、ありがとう。みんなも無事なようでなによりだよ」

「当然っスよ! あのっでかいのをアニキがちゃちゃっとやっつけてくれたから、オレたちもかーちゃんやとーちゃんたちも傷一つ無いっス!」

「ただいつもの公園はやられちゃって、わざわざこっちまで来てるんです」

「家が壊れるよりはマシなんだけどね」


「ところでシュリルさん、この子はだぁれ?」

 子供たちと目が合い、繋いでるマキアの手に力がこもる。

「んー、説明するとちょっと長くなるから簡単に言うと、ボクたちの新しい家族だよ」

 驚きの声を上げる子供たち。さすがに説明を省きすぎたか。

「さ、自分で名前を言ってごらん?」

「はぅぅ……」

 不安そうにボクの顔を見上げるマキア。友達を増やすいい機会なので、ここは心を鬼にして手助けは控えよう。


「ぼ、ぼくは、マキアっていうの……はぅ」

「ふふ、頑張ったね。じゃあ今度はみんなこと、マキアに教えてあげてくれるかな?」

「はーい、まずはわたしから! わたしはリリス、今後ともよろしく!」

 頭に着けた赤いリボンがトレードマークのおませな女の子だ。明るく気配り上手で、二人のお姉さんのような存在だ。

「はじめまして、ぼくはシノンって名前だよ」

 彼は三人の中では体が小さく、運動もあまり得意ではないが、それ以上に優しい心と勉強熱心な一面を持っている。

「オレはクードってんだ! アニキの弟分なんだ、仲良くしようぜ!」

 今までそんなことを一言も言った覚えはないが、ボクはいつの間にか彼のアニキになっていた。一番元気で人懐っこいが、考えなく突っ走ってしまうのが玉に瑕だ。

「リリス、シノン、クード……よろしくね!」

「マキア様よかったですね、いきなり三人もお友達ができました」

「はじめてのお友達……えへへ」

 友達作りがうまくいったのでボクも一安心だ。この子たちとならうまくやっていけるだろう。


「せっかくですので、交流も兼ねてここで少し休憩していきませんか? おしゃべりは仲良くなるための基本ですから」

「いいね、そうしよう。マキアもいいかい?」

「うん! ぼくもみんなとおしゃべりしたい!」

 ウィルの提案に乗り、ボクたちはベンチに座った。マキアはクードたちと一緒にブランコで遊ぶようだ。


「マキアはブランコの漕ぎ方って知ってる?」

「ううん、どうやってやるの?」

「よーし、ここは俺が教えてやるぜ! よく見とけよ、こうやって揺れに合わせて足を動かすんだ!」

 クードのブランコが大きく揺れる。一漕ぎする度に揺れは大きくなっていく。

「わぁ、たかーい!」

「へへっ、ブランコは得意なんだ!」

「じゃあわたしが最初押すから、マキアも漕いでみましょう」

「ありがとう、やってみるね!」

 リリスがマキアの背中を押している。マキアも揺れに合わせて両足を前後に動かす。最初はタイミングがずれてしまって揺れが小さかったが、コツをつかんできたのか今にもクードに追いつきそうだ。


「上手だねマキア。初めて漕いでこれなら、すぐにクードを超えられるんじゃない?」

「それはシャレにならないぞシノン! それにオレは立って漕ぐ技を持ってるからまだ大丈夫だ!」

「あはは、そうだったね」

 突然遊び相手が一人増えたところで、子供たちはいつもと変わらず遊ぶことができる。当たり前のようで難しいことを簡単にやってのけてしまうのだ、特にこの三人には感心させられることが多い。


「ボクも子供の頃は、ああいう風に無邪気に遊んでたのかな」

「どうしたんですか急に」

 少し驚いた様子でウィルがボクを見る。らしくないことを言ったからだろう。

「ん、なんとなく……かな」

 笑顔を向けて、本当だよと付け足す。

「そうですか……」

 ボクたちの視線は再び子供たちに向けられる。


 いつの間にかブランコ遊びは終わっていて、四人は滑り台に集まっていた。丸太を組んだ屋根付きの大きな遊具だ、秘密基地のようだと子供たちに人気がある。

「ねぇねぇ、みんなは新しく出たハートロンのグッズって手に入れた?」

「ぼくは絵本を買ってもらったよ」

「あー、オレはまだなんにも……宿題サボったら今月のお小遣いもらえなっかたんだ……」

 ハートロンの話題が聞こえてくる。どうやら本当に流行しているようだ。

「ぼくも人形持ってる、シュリルに買ってもらったの」

「アニキから人形!? どっちもうらやましー!」

「ずっと気になってたんだけど、クードはどうしてシュリルさんをアニキって呼んでるの?」

 それはボクも気になる。彼と義兄弟の契りなどした記憶はない。

「あれ? お前らにも言ってなかったか?」

その様子では誰にも言ってないだろう。ボクすら知らないのだから。


 クードは鼻を膨らませて答えた。

「理由か……まず、いつもクールだろ? あと、知ってることが多くて、剣も強い! 年上でカッコよくて憧れてるからアニキって呼んでるんだ!」

 なぜだろう、今ものすごく恥ずかしい。隣でウィルがうんうんと頷いている。

「てっきりあ兄ちゃん的な存在が欲しくて勝手に呼んでるのかと思った」

「それもある」

「ならわたしだって、シュリルさんをお兄ちゃんって呼びたいわ」

「はぅ、ぼくも!」

 勝手に話が進み、兄弟が増えようとしてる。なぜかマキアも手を挙げていた。

「キミたち今まで通り呼んでもらえるかな」

「人気者ですね、お兄様」

「こらこら、キミまで……」

 まだ午前中だというのに、公園には元気な笑い声が溢れていた。マキアにとって楽しい時間が過ごせたならいいが。

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ボクとキミと、永遠の時間 ~Immortal children~ みみたま @meruko-japan

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