【KAC202210】隕石衝突まで、あと5分。

井澤文明

真夜中

「隕石は大気圏に突入。消滅は確認できません」

「規模と速度の解析は終わったか?」

「はい、およそ直径50km、今の速度だと約185分後にハワイ島付近に衝突します」

「大統領からまだ連絡は?」


 大きなモニターや大量のパソコンが並ぶ広い部屋で、人々が慌ただしく作業を行なっている。

 責任者のような風貌の者の周りを、ひどい隈を作った研究者たちが数名囲んでいた。


「シェルターの準備がまだなようで。国民全員を救うのは不可能だから、重要人物を優先的に保護するとのことです」

「あのシェルターは未完成だぞ? 入っても生き焼かれるだけだ」

「しかし、あの規模の隕石を核兵器で破壊するのも難しいでしょうし───」


 人々は足元を見て、口を閉ざした。

 人類は死ぬ。なす術もなく。あと3時間で。



***



夜。月が綺麗だった。


 ピコン。


 暗い部屋の中、スマホの画面が明るくなって、部屋を照らす。


「アイス食べない?」


 恋人からのメッセージだった。

 スマホの画面に表示された時間を確認する。1時20分。いつの間にか日付が変わっていた。

 私は未読無視をする。


 ピコン。

 ピコン。


 またメッセージが届く。


「ガリガリ君の新作が出たんだよ」

「たこ焼き味」


 大きく息を吸って、ゆっくり吐く。


 私は、夜は一人になりたい。

 日中の喧騒とは打って変わって静まり返った町の寂しさや、暗闇が優しく包み込んで隠してくれる安心感。私は、それが好き。

 恋人は違う。寂しくなってしまうんだ。怯えてしまうんだ。夜の静けさや暗闇を、冷たくて怖いものだと思っている。

 私たちはきっと、分かり合えないんだろうな。

 また大きく、ため息を吐く。

 価値観違うのは、それだけじゃない。一緒にいる時間とか、距離感とか、とか、とか。他にもたくさん、ある。


 ───もう別れようかな。


 そんな考えが頭をよぎる。

 瞼を閉じる。


 ピコン。

 4回目の着信。


「空見た? なんか変な色」


 私はカーテンを開いて空を見上げる。確かに、おかしな色をしていた。真夜中なのに、既に夜明けのような。胸騒ぎがした。悪いことが起きるような予感。


ピコン。


「浜に行ったらもっと良く見えるかも。見に行こうや」


 上着を2着掴んで、家を飛び出た。もう春だけど、夜はまだ寒い。そして家から自転車で数分の所にある浜へと向かった。

 天体観測が趣味だった僕は、決まって遠くにある山か近場の浜辺に行っていた。恋人の歩も、それを覚えていたのかもしれない。

 色の変わった夜空を見上げながら、浜辺へ向かう。いつもの所に所に、歩は上を見上げて立っていた。

 自転車を道路の端に止め、恋人の所へ歩いた。


「ほら、変な色でしょ?」


 歩はそう言って、片手に持っていた食べかけのアイスを渡した。私は嫌々それを受け取って、口に含んだ。奇妙な味が口に広がる。


「たこ焼き味?」

「そう。まずいでしょ? 水っぽいソースみたいな」

「うん、これはまずい」


 しばらくの沈黙の後、歩は口を開いた。


「最近さ、あまり話してなかったよね」


 私は黙って、アイスを食べているせいで返事ができないフリをした。


「恋人関係ってさ、情熱の炎みたいな、熱い感じで続けていくんじゃなくて、ゆっくり暖かい感じの方がいいと思うんだ、私は」


 顔を合わせないようでいた歩が、私の方に顔を向ける。優しく微笑んでいた。


「私はさ、日向といると安心できるんだ。価値観とか、色々合わない所はあるかもしれないけど、それも話し合っていけば乗り越えられると思う。少なくとも、私はそう思っているんだ」


 私は、アイスを飲み込んだ。色々な不満や不安だけを残して。そして私は口を開いた。


「私は、一人でいる方が楽しい。夜は一人でゆっくりと、毛布にくるまっている方が楽しい」

「あはは、私と逆じゃん。私は夜は寂しくなっちゃう」

「うん、知ってる」


 歩は私が持っていたアイスを取って、残りを食べ切る。


「日向、一緒に踊ろう? 仲直りの証に」


 私は歩の手を取る。そして、それぞれの片耳につけられたワイヤレスイヤホンから

流れるジャズに合わせて、ゆらゆらと踊った。


「これからもさ、こうやってお互いの気分に合わせて、話し合って、一緒に過ごしたり、一人でゆっくりしたりしようか」

「うん、そうしよう」


 私は激しいロックが好きだけど、ジャズもたまには悪くない。


「好きだよ、日向」


 恋人は、恥ずかしがる様子もなく、あっさりと簡単に愛の言葉を吐く。私は、自分の顔が火照るのが分かった。


「───うん、知ってる」

「あはは、私も、日向が私のことが好きなの、知ってるよ」


 夜2時の空は、まるで夜明けのようだった。


「これからも、ずっと一緒にいようね」

「うん」


 夜明けが、私たちを祝福しているかのように強く輝いた。

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【KAC202210】隕石衝突まで、あと5分。 井澤文明 @neko_ramen

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