ずっと真夜中でいいのに

清泪(せいな)

こんなこと騒動

 元治元年六月五日、亥の刻。

 京都三条木屋町、池田屋。


 月は雨雲に隠され、駆け寄る足音は雨音に紛れた。

 新撰組局長近藤勇を筆頭に、沖田総司、永倉新八、藤堂平助が連なりその後方を二十数名の隊士が追いかけた。


「ぎゃああああああああ!!」


 身を震わす程のおぞましい断末魔が池田屋から聞こえ、沖田と永倉が足を早め前に出る。


「近藤さん!」

「局長!」

「行け!」


 近藤の指示に沖田と永倉は飛び込むように池田屋へ突入した。

 姿勢を低くし駆ける沖田は池田屋に入るなり見つけた人影に刀を抜き、下から斜めに首を斬り払った。


「沖田っ!? 新撰組だ、御用改めで──」

「永倉さん!」

「──なっ!」


 容赦の無い沖田の殺生に永倉は名乗りとともに捕縛の指示であることを沖田に戒めるつもりであったが、それを邪魔したのは先ほど首をはねられた人影だった。

 様相から尊攘派志士であったと思われるそれは斬られた首もとから血を垂らしながら刀を振りかざす。

 永倉は間一髪刀の腹で斬撃を食い止めて、志士の身体を蹴り押し飛ばした。


「たぁりゃぁぁぁぁぁぁ!」


 威勢のいい声を上げながら藤堂が駆け込んできて、倒れた志士に飛びかかりその小柄な身体の半分ほどある刀を心臓へと突き立てた。


「平助!」

「永倉さん、総司、大丈夫か!? 何なんだコイツは!?」


 刀を突き立てた志士はビクンと身体を僅かに跳ねさせすと、身体が黒い霧状のものになって霧散した。


「消えた?」

「何ですかこれは、怪異?」

「そんなものあると思うのか、沖田?」

「じゃあ、今見たのは何だって言うんです、永倉さん」

「わかるかよ、そんなもの」


 刀を構え三人は旅籠の入り口を見渡す。

 明かりも無く暗い旅籠内には、僅かに見える範囲だけでも死体が数体転がっていた。

 尊攘派志士だけではない、客や店の者が無惨な姿で横たわっている。


 池田屋周辺の隊士への配置指示を終えた近藤が遅れて旅籠内に入ってくる。

 三人の隊長が異様なほど警戒心を持って刀を構えていた。


「何があった?」

「近藤さん、見てなかったんですか? 怪異ですよ、怪異」

「怪異? どういうことだ、永倉」

「局長、沖田の言ってることは信じがたいが本当のことです。この池田屋には化け物がいます」


 堅物の永倉が言うので近藤も警戒を強めた。


 近藤と永倉、沖田と藤堂の二手に分かれ一階と二階の捜索に動いた。

 入り口から続く二階への階段を近藤と永倉が登ったところで、一階から刀がぶつかる音が聞こえる。

 人か、怪異か。

 どちらと遭遇したのか判別はつかないが、沖田と藤堂は何かと戦い始めたようだ。


 二階の廊下にはいくつか灯明が壁に掛けられていて明るかった。

 入り口と同じようにいくつもの死体が転がっていて、それが奥の部屋へと導いているようだった。

 慎重に歩みを進める近藤と永倉。

 どの死体が動き出すかわからない状況は、今まで味わったことのない緊張感であった。


 通路を進むと開け放たれた奥の部屋に一人の志士が待ち構えていた。


「新撰組、か。古高が捕まったと聞いていたが、ヤツは吐いたか。いや、吐かせたか?」

「御用改めである。お前は──」

「ああ、今は何と名乗れば伝わるだろうか? 桂小五郎、この名前でわかるかな?」


 やはり、と近藤と永倉は刀を持つ手に力が入る。

 長州藩の大物だ。


「御所に火を放ち、その混乱に乗じて中川宮朝彦親王を幽閉、一橋慶喜・松平容保らを暗殺し、孝明天皇を長州へ動座させる。だったか、古高はそう吐いたと副長が教えてくれたよ」

「鬼の副長、土方歳三。話を作るのが上手そうな男だ」

「何?」

「いや、仔細は後々こちらで決めさせてもらおう。ところで、新撰組、あんたらは異国にも鬼というものが存在すると知ってるか?」


 桂は懐から眩く光る球体状の水晶を取り出した。

 光に照らされた桂の顔がニヤリと歪む。


「まさかこの日本に伝わるお伽噺が外の国にもあるとはな、俺も最近知り合ったヤツに教えてもらったんだよ」

「何だ、その水晶は」

「こいつは禍珠まがたまだと、アイツは言ってたっけな。本来の名前はまた別にあるらしいんだが、呼びにくいとかで勝手にそう名付けたらしい。異国の物だよ」


 桂の手の上で水晶は輝きを増していく。

 光は直視できないほどに強くなり、近藤と永倉は顔を腕で庇った。


「異人の力を借りるのは癪なんだが、利用すると考えればいいと言われてな。物は試しだと、今日はそういう日だったんだよ」


 近藤と永倉の背後で物音がする。

 のそのそと何かが起き上がろうとする音。


「桂、貴様っ!」

「兵隊として使えるか、新撰組、あんたらで試させてもらうぞ」


 眩い光が近藤と永倉の視界を遮る。

 背後から迫る気配を察知して、二人は斬撃を避けた。

 眩んだ視界の端に窓から逃げる桂の姿が見えたが、追いかける暇は与えてもらえなかった。


「局長っ!」

「永倉、桂は外に配置した隊士たちに任せよう。まずは生きてここから出るんだ。怪異にはなりたくないだろう!」

「はっ!」


 短く息を吐くように答えた永倉の目に、幾つもの揺れ動く人影が映った。

 二階の廊下に横たわる死体の数はいくつだったか、頭の中で数えようとしてすぐに止めた。

 

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ずっと真夜中でいいのに 清泪(せいな) @seina35

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