まよなか、おしまい

@ns_ky_20151225

まよなか、おしまい

 天狗が遅れてきた。挨拶もそこそこに話し出す。

「情報だけ先に送ったけど、そういうこと。いよいよ決定したよ」

 ろくろ首がタブレットを読み、両脇からIT機器が苦手な子泣き爺と砂かけ婆がのぞきこんだ。豆腐小僧は夢中になって豆腐を置いてしまっている。ほかの連中も同様だった。

 天狗は画面の明かりでぼうっと照らされた皆の顔を見、できるだけ感情を出さないように事実を報告する。

「国はとうとう夜をなくすって決めた。自然の均衡が崩れるとかそういうの全部わかっちゃいるけど、ちゃんと食べられるのが最優先だって」

 タブレットには計画のシミュレーション画像が流れた。人工衛星を多数打ち上げる。それぞれは高反射性の薄膜状の鏡を展開し、夜間も太陽光を供給する。それによって作物の成長速度を速め、一年に数回の収穫を得る計画だった。そのため作物の側も改造される。遺伝子を組み替えるウィルスを散布して作物本来のリズムを崩し、昼ばかりでも成長、結実を行わせる。

「で、どのくらい明るくなるんだい? この金烏計画で?」

 ろくろ首が天狗の方に首を伸ばす。伸ばさなくても聞こえるのに、癖なのだろう。

「一番暗くなる時でも日の沈む前の夕刻くらい。街灯はいらないって」

 皆がため息をついた。

「明るいところに俺らが出たって、ただのコスプレ野郎だしな」

 豆腐小僧があきらめ声で言った。子泣き爺が目を細める。「本当に食糧増産だけかな?」

 天狗がにやりとして言う。

「さすが伊達に爺じゃないな。この国は食糧自給ができないためによそからえらい恥をかかされたのさ。その意趣返しもある。この宇宙の鏡衛星、軌道の補正用にしちゃおおげさな推進モーター積んでるだろ?」皆がタブレットで衛星の諸元を見ているところにさらに言葉を重ねる。「それに反射鏡の曲率は可変でかなり自由がきく。つまり好きなところに行って、好きなように太陽光を集中させられる。核を持てない国の精一杯の力さ」

「嘘でしょ。そんなに馬鹿になったのかい? この国は」

「そうだよ。砂かけの婆さん。あんたが娘だった時代とはすっかり変わったんだ」これはいつもの冗談。砂かけが娘だったことなんてない。

 子泣き爺がぽんとひざを打って注目を集めた。

「ま、そのあたりは人間の事情だな。それより我らはどうする。天狗の兄さんは考えがあるのかい?」

「ああ、ある。また事情が変わって夜が夜になるまで休眠しよう。俺の里なら皆が寝るぶんくらい大丈夫」

「そうだねえ、それしかないかもねえ」

 ろくろ首が鼻をすすった。豆腐小僧が夜空を仰いで言う。

「じゃあ、この国の人間は妖しにして怪しなる我らを忘れてしまうのか」

 砂かけ婆が首を振る。

「いや、小僧、我らがいらなくなったんだよ。夜や暗闇がいらないってんだから」

 天狗が手を打った。

「さあ、皆、行こう。我らは一休みだ。またこの国が暗闇を欲するまで」

 皆それぞれに消え、去っていった。

 こうしてこの国の真夜中は終わった。


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