【KAC202210】真夜中の訪問者は世界を平和にする
和響
平和への祈り
それは、まだ人間がこの地球上に存在していないある真夜中の事だった。
一匹の羽虫は星空を飛ぶ。空には本が読めるほどの星々が散りばめられている。だって、星の光を打ち消すようなものはまだ地球上にないから。まだ人間がいない地球だからねぇ、ん? それでって? ごほん。では続けようか。
星の光をとても近くに感じた一匹の羽虫は、あの星に行ってみたいなと思って、空をぐんぐんぐんぐん登っていった。ぐんぐんぐんぐん。でもいつまで飛んでも星は近づいたりしない。そりゃそうだよね、星は宇宙にあるんだから。そんなことは虫は知らないからね。おっと、また途中で切っちゃったね、話を続けようか。
それでも羽虫は負けじと飛んだ。ぐんぐんぐんぐん。ぐんぐんぐんぐん。それでもまだ星にはさわれない。そりゃそうだよね、って、早く先を読んでって? わかったよ。
ぐんぐんぐんぐん。ぐんぐんぐんぐん。すると、そこに一匹の翼竜がやってきて、羽虫は、その鼻の穴の中にすっぽりと入ってしまった。ありゃりゃ。それは大変なことが起きたねぇ。しかもこれ、恐竜時代のお話だったんだね。知ってた? 知ってたの!? なぁんだ。知ってたのか、え? もっと先を読めって? はいはいでは続きを読むね。
羽虫は翼竜の鼻の穴の中で息絶えてしまったけれど、え?! 羽虫死んじゃったけど? そういうお話なのこれ? そうなんだ。いわゆる感動的な話じゃないんだ。へぇ、で、先を読むね。なんか僕の方が気になってきたよ。
羽虫は翼竜の鼻の穴の中で息絶えてしまったけれど、翼竜はそんなことはつゆとも知らず、自分の巣穴へ戻って行った。……ねぇ、ちょっと疑問に思ったんだけど、翼竜は鳥目じゃないの? ほら、よく鳥目っていうじゃん、暗いところで目が見えないこと。ん? フクロウは夜でも大丈夫だからそういう類だって? あぁ、そうかもね、そもそも翼竜は鳥かどうかもわからないしね。え? ちょっま! これどういう話なの? 全然見えないんだけど? まぁいいか、続きを読もう。
巣穴に戻った翼竜は、丸く蹲って眠ってしまった。そんな翼竜を満天の星空だけが照らしてた、ある日の真夜中の話だった。おしまい。ちょ、ちょっと待ってよ、ねぇねぇ、これお話になってないじゃん! 大体、羽虫が飛んで、それが翼竜の鼻の穴の中で死んじゃって、その翼竜は巣穴に帰って寝ちゃいましたってだけでしょ? 起承転結もあったもんじゃない話じゃん! え? なに知ってたの? この話。マジで? 知ってて読んでって僕に言ったの?
うわぁ。ないわぁ。僕的にこの話の意図が見えないもん。ちょ、作者誰? えっと、うわぁ知らねー、
スマホで検索してみろって? すごいことになってるからって? だな、めっちゃ気になるわ。すぐにググるわ。……す、すげぇ。すごい人たちがレビュー書いてる……。えっと、なになに?
『羽虫が健気に星へと向かう姿に胸が打たれました』
そ、そうかぁ? 次はえっと、
『翼竜の普通の日常が垣間見れて良かったです』
ちょま、い、意味がわかんねぇー! あ、続きがあった……なになに?
『その二つの対比が素晴らしい! これは今こそ全人類に捧げる平和への祈りだ!』
どこらへんでそう思った?! 誰この人、これ書いたひと誰? ま……じ……で……?あの、有名な映画作ってるハリウッドの大御所が……?
は? なんでこれが売れてるかわかるかって? ぜってーわかんねぇ! マジでなんでか聞きたいわ! え? 世の中から戦争をなくすために書いた本だって? なわけ! どこらへんでそれを読み取るってんだよ? え? 読み取れない僕の読解力がないだけだって? いやいやいやいや、それはないでしょうに。現に多分今これ読んでる人もみんなそう思ってるって。それとこれは別の世界って? 意味わかんねー。で、この本を僕に読ませて結局君はなにがしたかったの?
うんうん、ほー。そういうことか。なるほどね。そういう意図があってしたわけだ。一足お先のエイプリルフールってわけね。え? じゃぁこれが売れてるってのは? そこは本当なんかーい! え? もっと売れてるのがあるよって? またまたぁ、なに、今度は海獣でも出てくるの? ははは。まさかね。海獣じゃないけどあるって? あるんだ。それがこちらですって? へぇ。これは今見たところ、ちゃんとお話になってそうじゃん。じゃぁ先にこっちを読ませてよ。ん? エイプリルフールがしたかったって? どんなんじゃ! え? エイプリルフールにはもう会えなくなるからだって?
なんでだよ? エイプリルフールが過ぎたって、別に一緒に遊べばいいだけじゃん? は……? 今、なんて言ったの? 戦争に行かなくちゃいけないんだって言ったの? え……? 羽虫のように星に向かっていくんだって?
そんな、ちょっと待ってよ、羽虫が星に向かって飛ぶのと、君が戦争で敵に向かっていくのとは別の話でしょ? 同じだよって? 同じじゃないよ! 羽虫は何にも考えてないかもだけど、君はいろいろ考えてるでしょ? 大体君は戦争に行きたいの? 行きたいわけないじゃんって? そりゃそうだよ。じゃぁ行かなきゃいいじゃん! 行かないでよ、戦争なんて。誰かを殺したり、誰かに殺されたりするんだよ? そんなのいくなよ。行かないでくれよ。
ちょ、おい、どこいくんだよ! おいってば……!
おいってば……行くな……戦争には行くなよぉ……!
***
―― はっ……。今のは一体なんの夢だったんだろう……?
真夜中にへんな夢を見て目が覚めた。でも不思議なことに、僕の腕の中には、さっき夢で渡された一冊の絵本があった。その絵本には、こんな物語が書いてあった。
***
『おいのり 〜やさしい光〜』
あるところに、おこりんぼうの王様がいました。おうさまは、なんでも自分の思い通りにならないと、すぐに怒ってしまって、頭から機関車のように、もくもくもくもく、もくもくもくもく、黒い煙が出てしまいます。
あるとき王様は、お隣の国が自分の住んでいる国にはない、広い海を持っていると知ってしまいました。そして自分の住んでいる国よりも、もっともっと、おいしい食べ物があることも知ってしまいました。すると王様の頭からいつものように、もくもくもくもく、もくもくもくもく、黒い煙が出てきました。
そこへ黒い煙が大好きな一匹の闇がやってきました。闇は王様から出る煙を食べて自分の身体を大きくしました。そして、どんどんどんどん闇はひろがって、王様をすっぽりと包んでしまいました。
すると王様はさっきよりもお隣の国が欲しくなってしまって、「戦争だ! お隣の国を手にいれてやるぞ!」と、家来たちに言いました。
家来達はお隣の国にお友達がたくさんいました。本当は戦争は誰も好きではありません。たくさん人が死んでしまうからです。
でも王様からもくもく出る黒い煙を食べた闇が、家来たちも真っ黒に包んでしまったので、家来たちもそうだそうだと、戦争をしたくなってきました。そしてもっと兵士がいるぞ! と、国中から兵士を集めることにしました。
小さな男の子のお父さんも兵士として戦争に行くことが決まりました。男の子は、とってもとってもかなしくなって、神様にお祈りをしました。
するとそこに、お祈りがだいすきな、やさしく光るひかりがやってきて、男の子のお祈りをお手紙にして、世界中に届けてくれることになりました。
真っ黒な煙を食べて、どんどん大きくなる闇よりも、優しく光るひかりの方が、たくさんの人に男の子のお手紙を届けることができました。
こうして、世界中に男の子のお祈りは手紙となって届けられ、世界中がどんどん優しく光り輝き、そしてついには、おこりんぼうの王様の家来を包んでいる黒い闇も、優しい光で飲みこみました。
真っ黒な闇から光に包まれたおこりんぼうの王様の家来たちは、王様に優しく言いました。
「王様、もう誰も戦争はしたくありません」
するとおこりんぼうの王様は、「なんで命令がきけないんだ!」と、もっともっと黒い煙を出して怒りました。
でも、世界中の王様じゃない人たちは、みんな優しく光り輝いているので、王様がどんなに真っ黒な煙を出しても、王様をすっぽりと つつんでいた闇さえも、優しい光に照らされて、だんだんと小さくしぼんで、ついには 、王様から離れていきました。
そして、おこりんぼうの王様も、優しい光につつまれて 、戦争をするなんてばかなことだと、戦争をすることをやめてしまいました。
そしてもう二度と、戦争をしたいとは思いませんでした。おこりんぼうの王様は、もうおこりんぼうでは ありません。いつも優しい光につつまれているからです。
こうして世界は、優しい光に包まれた戦争のない平和な世界になりました
***
僕は、この絵本の話こそ、世界五十カ国以上で翻訳されるべきだと思った。僕は真夜中に何度もこの絵本を泣きながら読んだ。夢の中のあの子は誰だったんだろうか。もしかしたら、世界中のいろんな人に、この絵本を配って歩いているのかもしれないと、僕は今でも思っている。
世界が平和になりますようにと、祈りを込めて
――黙祷。
【KAC202210】真夜中の訪問者は世界を平和にする 和響 @kazuchiai
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