真夜中のラブレターはテンション高め  KAC202210参加!

桃もちみいか(天音葵葉)

真夜中に突然テンション高めの彼氏がやって来た。

 真夜中、携帯電話の着信音に目が覚める。

 電話が鳴り、すぐ後にメールが届いた着信音がけたたましく、立て続けに鳴る。


「誰〜? 私の安眠を妨害する不届き者は……。もう〜」


 ――あっ、緊急かもしれない。

 一瞬、故郷のお父さんの顔が浮かぶ。

 健康診断の結果が要注意が並んだと、落ち込んでいたっけ。

 まさか、倒れたとか……!?


「なんだ、慶太郎からか」


 着信もメールの差出人も付き合って五年めの彼氏、慶太郎からだった。

 お父さんの一大事ではなくて、ホッとした。

 ホッとしたからこそ、慶太郎の真夜中の連絡に余計にイラッとした。

 明日は土曜日、いや、もう日付をまたいで土曜日になっとる。

 休みとはいえ、こんな時間に連絡とは。

 まったくお騒がせな慶太郎だな。

 せめて金曜日のうちに連絡してきなさいよね。

 目が冴えてきたので、とりあえずメールの内容を見てやろうとしようと、私はスマホの画面をのぞき込んだ。

 ベッドに仰向けに寝転んだまま。


「なっ、なななななななにコレ〜!」


 私はメールの内容に絶句する。

 と、同時に顔が上気する。

 熱い。

 そして体がカアッとなる。

 暑い……。

 三月も下旬になって、あったかくはなった。

 でも、慶太郎のメールを読んだら、恥ずかしさとむず痒さに体温も部屋の気温も上がったみたいなの。


『好きなんだ。今しかないんだ』って書いてある。


 ははっ。やだ、こんなメール久しぶり。

 ……暑いわ〜。


 慶太郎からのメールの文面を声に出して読んで見ちゃったりなんかしちゃったりして。


『好きなんだ。大好きだ』

 えへっ、私もだよ。

『これから行くから』

 こ、これから!? まあ、休みだし良いけど。

 ここ最近は年度末でお互いに仕事が忙しくて会えなかったものね。

 ちょっとしんみり……。

 でも、慶太郎も会いたいって思ってくれてたんだ。

 寂しいって思ってくれてるんだね。


『どうしても会いたい。すぐに』

『今、今しかないんだ!』

 慶太郎、お酒飲んでる?


 彼からのラブレターメールに、ドキドキしてしまう。

 だが、これは果たして普通のテンションとは思えない。

 真夜中のラブレターとか基本恥ずかしくなりがちだけど。

 ……今しかないって、そんなに私に会いたいの?

 まあ、良いか。酔ってようが、真夜中のちょっとした時間の魔法だろうが、慶太郎に何日ぶりかに会えるなら。

 嬉しい……から。


 そこに慶太郎から追加でメールが来る。

『追伸 一緒に出掛けたいから着替えといて。美知のパジャマ姿も見たい気もするけど。』


 出掛ける!?

 こんな時間から?

 うふふっ。私のパジャマ姿が可愛いから見たかったけど残念って。

(そ、そりゃあ、可愛いとか残念とかまでは書いてないよ。けど、ニュアンスよ、ニュアンスね。文章に隠された慶太郎の気持ちはこんな感じに違いない)

 私にどうしても今すぐ会いたいって……。

 きゅうぅぅんと胸が切なくうずいた。

 私を好きすぎて夜中に淋しくなって、慶太郎は気持ちが昂ぶってしまったのね。


 あっ五年目だもん、真夜中にこんなラブラブなメールをくれるってことは、もしや、もしや、もしかしてっ!?


 ロマンチックな夜景か朝日を見ながら、プロポーズかもしれない!



     ◇◆◇



 現在、私の甘いテンションはだだ下がりちゅうです。


「なっ? なっ? すっごぉ〜く美味いだろ〜?」


 ははは、私は真夜中に慶太郎とラーメン屋さんにいるのだ。


 プロポーズじゃないし。


 で、あのラブレターメールをもらってからすぐに、慌てた様子でうちに急いでやって来た慶太郎。

 私を連れて来たのはロマンチックは夜景でも夜桜スポットでもなく、幻のラーメン屋さんだ。


 ロマンチックな夜を期待した私が馬鹿だった〜。


 いや、美味しいけども。

 絶品ですけども。

 ラーメンをずずずとすするほどに、旨味が口中にも体中にも広がる。


 ラーメンの丼に盛りつけられた具材は味玉にもやしに細長の葱、それから鶏チャーシューにあとレモンがのっかっている。


 コクと深みが在るのに、後味はレモンでさっぱりあっさり。

 う〜ん、美味しいな。


 あーあ。

 慶太郎がプロポーズなんかするわけないか。


「ここ、店主が気まぐれで、やる気になった日の真夜中の二時間しか空いてないラーメン屋さんなんだぜ。しかも、しばらく本業が忙しくて閉まりっぱなしだったんだよ。幻の鶏塩らーめん、うまいよな〜。この澄んだつゆ、五臓六腑に染みるわたるな〜。見た目も完璧、芸術的だよな。黄金の細縮れ麺に、鶏チャーシューがまた美味いのなんのって。葱は甘みのある深谷ねぎだぜ? ちょい足しで食べても美味いにんにくネギラー油を入れるとまた深みが増すんだよね〜。どうしても美知にここの美味すぎるラーメンを食べさせたくってさ」


 忘れてた。

 慶太郎って、365日一日一食以上毎日毎日ラーメンを食べてるラーメンマニアなんだった。

 仕事で全国出張が多いから、そのたんびにラーメンを食べるんだって自慢してたっけ。


 私は大好きでも嫌いでもない。

 ラーメンは普通に食べれば美味しいと思うし、まあ好き。


 慶太郎は私といる時は味の探求とか言って、ラーメン以外を食べるけど、その実はいつでもラーメンが食べたいのかも。

 一応は私に気を使っているんだよね。


「替え玉、頼もうかな。鶏味玉親子チャーシュー丼にしようかな。美知も追加でなんか食べる?」

「いやあ、私はもうお腹いっぱい」


 真夜中の美味しいラーメンは背徳の味。

 満腹で幸せな気分ではあるけれど、朝には罪悪感と胃もたれが襲ってきそう。


「サービスの作りたて最中です。どうぞ」

「サービス?」


 ラーメン屋さんで食後のデザートがサービスで、しかも最中?


「親父さんの本業は和菓子屋さんなんだ。最中も美味いよ」


 出てきた最中には、鶏の着ぐるみを着た招き猫がラーメンを持って笑っている焼印が押してある。『ラーメンManekineko』のロゴと共に。


「焼印のキャラクターが可愛いね」

「だよな〜。Tシャツとかマグカップとかぬいぐるみまであるらしいけど、今度買ってやろうか?」

「いい。そこまでは……。いらない」


 可愛いけれど、そんなグッズまでは特にいらない。

 なかなか商売根性がたくましいラーメン屋さんだな。


「そのキャラクターは奥さんが書いてるんだって」

「そうなんだ。仲良し夫婦って感じだもんね」


 厨房に入って、ニコニコと笑いあう店主夫婦が羨ましくなる。

 あんな風に一緒にいて楽しそうな御夫婦が良いなって思う。

 私と慶太郎なんて、いつまで経ったって友達みたいなカップルのまま。

 いやあ、それはそれで楽しいけど。

 慶太郎とは無理せず気取らず気楽に付き合っていけてるけど。

 私、慶太郎が大好きだし、喧嘩してもすぐ仲直りしちゃう二人は相性はバッチリだもん。

 このままでも充分幸せ、そう、これ以上望んだらいけないよね。


「美知? 最中食べてみて。皮がパリパリで美味しいぞ〜」

「真夜中にラーメン食べて、あんこたっぷりの最中ってやばくない? 持って帰って明日食べようかな」

「えぇっ? 今、今食べて」

「今〜?」

「作りたてが一番だって。さあっ」


 慶太郎ったら、やけに食べろ食べろとすすめてくるな。

 食べ頃を逃したらもったいないか。

 風味が落ちちゃうもんね。


 私は最中をパクリッ。

 うん、美味しい。

 パクリッ、 ガリッ!


「――えっ? なっ、なんか入ってるぅ!」


 小判型の最中を食べると口当たりに違和感が……。


「指輪っ?」


 ええっ……。

 小豆色の上品な甘さのあんこにまみれたキラリと小粒のダイヤが光る指輪が、最中の中からあらわれる。


「美知、俺と結婚して欲しい」

「けっ、結婚?」

「俺なんか、たいして面白みのない男だ。ラーメンの知識とつまらないギャグとかしか自慢できるものはない。取り柄っていう取り柄なんかないから、ずっと結婚して家庭を持つなんてさ、自信なかったけど。俺……、俺は美知といると楽しいんだ。幸せなんだ。今でもこんなに楽しいんだから、二人なら結婚しても楽しい毎日になると思う。幸せにする。俺が君といたい。俺には美知しかいないんだ」

「慶太郎……」


 まさかラーメン屋さんでプロポーズされるとは思わなかった!

 最中に指輪を隠したサプライズにもびっくり、ドキドキしてる。


「たくさん待たせてごめん」

「……うん、待った。ねえ、慶太郎は良いところ、い〜っぱいあるよ」

「ありがとう。あの……、美知。プロポーズの返事は……?」

「あっ、あとで」


 店主夫婦もカウンターにたくさんいるお客さんたちも皆見てるんだもん、恥ずかしいじゃない。


 真夜中のラブレター、美味しいラーメン屋さんにサプライズの最中の指輪……。

 慶太郎からプロポーズされた今日のこの日は、私にとってずっと忘れない一日になるだろう。


 相手が慶太郎だからこそとびっきり嬉しい。

 慶太郎らしいプロポーズに私はニヤニヤが止まらなかった。


 真夜中のラーメン、美味しかったよ。




 ――返事は慶太郎、あとでちゃんとするからね。

 ――本当に?

 ――もちろん、ほんと、本当だってば。


 数時間後、朝が来れば新しい一日が始まる。

 太陽が昇って目覚めたら、私の横には彼の寝顔があると良いな。



      おしまい♪



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