星の大海をよぎる船【KAC202210・真夜中】

カイ艦長

星の大海をよぎる船

 どこまでも続く闇は、まるで宇宙の深淵を覗いているようだった。


 しかし空を見上げれば、街灯よりも明るいかと思われる月と降り注ぐ星々の光に圧倒される。


 私たち天体観測部は、夏休みを利用して奥多摩湖で合宿をしていた。

 今年は新型コロナウイルス感染症がようやく収まりつつあり、高校の部活動が相次いで再開されていた。わが天体観測部も、泊まり込みでの天体観測が初めての部員ばかりで期待感に満ちあふれていた。

 コロナ前も雨が降ったり雲が厚かったりして、本来なら圧倒されるほどの天の川の光芒が見えない年もあったらしい。

 今年は昨日まで雨が降っていたが、あがってからは空気の塵も一緒に地表に落ちてくれたおかげで、絶好の観測日和だ。


 そして迎えた八月十五日午前零時。狙いはペルセウス座流星群である。

 天体観測部自慢の天体望遠鏡二台とデジタルカメラを取り付けた超望遠レンズを一台、デジタルビデオカメラを接続した超望遠レンズ一台準備しており、部長の私と部員五名、顧問の武田先生が代わる代わる流星群を観測していた。

 部長の私も高校三年生になっていたが、野外観測に訪れたのは今回が初めてだった。それまでコロナ禍で集団での外出を学校側から禁じられていたからだ。


 撮影した写真はノートパソコンで即座に編集してSNSへアップロードしていく。

 この写真は学校教職員や生徒たちがリアルタイムで観ているようで、次々と「いいね」が増えている。

 インターネットの発達とコロナ禍により天体観測部の役割も、旧来の写真を撮ってきて文化祭の展示物にしたり展覧会へ出品したりといった地味だったものから、SNSによりリアルタイムで鑑賞するものへと進化していた。


「なあ部長。俺たち頑張って観測や撮影をしているけどさ、他の連中はベッドに寝転がりながら観られるんだよな。俺たちが真夜中に山奥で星空を観測すること意味があるのかな?」

 千葉のいうこともわからないではない。

 私たちだけが厳しい環境の中で、写真を撮ってインターネットにアップロードするのに、学校連中はほとんどが寝ながら観ているはずだ。

 そう思ってはいるものの、写真に付けられた「いいね」が五百を超えたあたりから、部員たちのやる気に火がついた。


 なにより東京でありながらもこれだけ綺麗な天の川をじかに観る機会なんてそうそうない。手つかずに管理されている奥多摩湖だからこそ、これだけの星々が肉眼でとらえられるのである。


「部長、『いいね』が二千を超えました!」

 とうとう我が校の在校生の数を上回った。ここからはその周辺、家族友人知人から天文ファンへと写真が広まっていくのだ。

「まだまだ上がりそうね。天の川のライブ動画の配信準備はいつ再開できそう?」

 担当の伊勢に尋ねた。

「ようやくWi−Fiの調子が直ったみたいなんで、ライブ動画今から再開します!」

「じゃあお願い、任せたわ」


 山奥である以上、インターネット回線が不安定であることは想定していた。

 いちおうモバイルWi−Fiルーターを通信会社別に四台レンタルしてきた。どれかが調子を悪くしてもすぐにバックアップできるよう手はずを整えていたのだ。

 このあたりはデジタルガジェットに詳しい中牟田が役に立つ。


「部長、動画サイトのチャンネル閲覧者が三千を超えます……超えました!」

 この高揚感、達成感はなにものにも代え難かった。


 私は裸眼で天の川銀河を見続けている。

 学校からでは、これだけの数はとても見えない。



 今年、活動を再開した天体観測部は、この日のために念を入れて準備を整えてきた。武田先生は野外観測ができなかったこの三年間に使われていなかった天体望遠鏡をメンテナンスしてくれた。この奥多摩湖で天体観測する手筈を整えたのも武田先生だ。

 部長である私にとっても今年が最初で最後の野外観測になる。


 そのとき、天の川を高速でよぎるなにかを発見した。

 あれって……たしか……。


「武田先生、今ISSってどのあたりにいるかわかりますか?」

「ちょっと待ってくださいね。今ネットで検索するから……。でもどうしてそんなことを聞くの?」

「今天の川を横切った瞬かない光があるんです。もしかしたら、と思いまして」


 ISS正式名称「国際宇宙ステーション」は地球を一日十六周ほどの高速でまわっている。約九十分で一周している計算だ。


「あ、わかったぞ。ちょうどさっき通過したらしい」

「やっぱり!」

 そこで次なるミッションを部員に伝えていく。


「南さん、流星群はデジタルカメラに任せてSNS配信よろしく。ビデオも今は続行だけど、次にISSが通過する時刻になったらそちらのフォローをよろしく。天の川を背景に移動するISSの動画が撮れたら最高だわ」


 私はまるでテレビのディレクターのように指示を出していく。

 きっとわが天体観測部の動画チャンネルは過去最高の閲覧数に達するだろう。

 星の大海から降り注ぐ光の粒子は、高まる予感をさらに掻き立てていた。


 きっとこれが、私にとって最初で最後の卒業記念になるはずだった。



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