【KAC202210】眠れない夜の不安感は異常

姫川翡翠

東藤と村瀬と寝不足

「おはよう」

「おはよう。って、え? 村瀬お前ふらふらやん? しかも目やばいことなってんで」

「いや、ちょっと昨日寝れんくて」

「なんかあったん? 受験勉強のしすぎか? まだ夏休みやしそんな詰め込まんでもええやん。無理しても効率悪いだけやで」

「違う。昨日兄貴の彼女が泊まりに来てて」

「ああ、お兄さん。2つ上なんやっけ? 確か弟もおったよな?」

「うん。大学2年と中1」

「それで?」

「あいつらが一晩中部屋で騒いでて寝れへんかった」

「え、下ネタ? いや、その……そういうのは俺恥ずいっていうか……しかもまだ朝やし……」

「いいや、違う。夏やからってずっとホラー映画見とんねん。そんで一生ぎゃあぎゃあゆうてんねん」

「あー、それは災難やったな。うるさいって言わへんかったん?」

「そら言うたよ。僕割と早寝早起きやん? 昨日も11時には布団に入ったんやけど、ちょうどそのタイミングで兄貴らが帰ってきてんか。僕ん家の家族はみんな1回眠ったら簡単には起きひんけど、眠りに入る前は結構神経質なタイプなんよ。たまたま父も母も弟も早めに寝てたから朝まで気が付かなかったらしいけど、僕は当然気づいたわけで。あぁ、もうマジで無理やった。だからホンマに寝れんくて、すぐにブチ切れながら兄貴の部屋行ったら、2人とも一応申し訳なさそうにごめんっていうんやけど、僕が部屋から出た瞬間にはもううるさいし、全然反省してないし。そんで4回くらい行ったときかな。とうとう兄貴の彼女につかまって、抵抗する気力もなくて、結局朝まで兄貴の彼女の腕の中で映画見てた。兄貴らは今日授業無いらしく家で寝てる。僕は学校に来てる。『いってらっしゃーい&おやすみーw』って言われた時は本気で殺意湧いた」

「お、お疲れ。てか途中それ自慢か?」

「ホラーって言っても波があるやん」

「安定の無視。ええけど」

「だから静かな場面でウトウトして、もう眠れるってタイミングでホラーシーンが来て、あいつらがギャーギャーいうから目が覚めて、またウトウトしては起こされて、をずっと繰り返してた。マジで拷問やった」

「それはつらいな」

「しかも僕ん家から高校まで遠すぎやねん。誰なんこの高校選んだやつ。死ねばいいのに」

「それは自業自得や」

「……眠い……」

「ええわええわ。もうわかったから1限がはじまるまで寝とけ」

「あー、いや寝れへんねん。うるさくて」

「……」

「……それに万が一眠ったとして、今度は起きひんって問題がある。東藤としゃべってる方がまだマシや」

「そう? しんどかったら保健室行けよ?」

「なんか面白い話してくれ」

「眠かったらクソみたいな無茶ぶりが許されるわけじゃないで?」

「ええから」

「えー、昨日塾行ってたんよ。家に着いたんが10時過ぎで、飯食って風呂入って、ちょっとダラダラスマホいじったりテレビ見て、0時過ぎには寝ようと思ってたんよな」

「……うん」

「そのタイミングでおとんが帰ってきて、酒飲むっていうからちょっと付き合ってたんよ。もちろん俺は飲んでへんで? お酌したりつまみを横取りしてただけ。そしたらおかんもちょうど帰ってきて、それでおかんも交えて久々に親子3人でゆっくりしゃべったわ」

「なんやねんそのあったかい話。夏やぞ。暑すぎて熱中症なるわ」

「村瀬のことも話しておいたで」

「なんて?」

「アホと3年間もつるんでるって」

「他にもっと言い方あるやろ」

「そうや、思い出した。そしたら今日仕事休みやから連れて来いって言われたんや。補習終わった後来れる? って聞こうと思ってたけど、そんなに眠いなら無理そうやな。おとんとおかんにはそう言っとくわ」

「……てくる」

「は?」

「保健室で寝てくる」

「なんでやねん」

「じゃあ帰るわ。そんでお前んち行く」

「待て待て、じゃあってなんや」

「なに?」

「ちゃんと補習受けろよ。俺ら一応受験生なんやぞ。午後からくるならなおさら勉強しとかなアカンって」

「うるさい。僕は眠いんや。補習の先生にはそう言っといてくれ」

「そんなアホなって、もうおらんやん」



 ★



「なあ」

「なに?」

「なんか泊めさせてもらってありがとう」

「今更やな。全然ええよ。明日が土曜日でよかった。てか終電も考えずに村瀬のこと問い詰めてたうちのおかんが悪いわ。なんならわざとやってそうなのが質悪い」

「ううん。全然楽しかったし。東藤のお父さんもお母さんもいい人やね」

「でもあの人ら仕事ばっかりで普段はホンマに帰ってこうへんからな。自分らで言うとったと思うけど」

「さみしくないん?」

「もう慣れたな。もちろん未だに慣れへん部分もあるから、さみしいと思うことも多いけど、2人とも性格があんな感じやからなぁ。一応愛されてるって感じはするし、いわゆるネグレクトみたいには思わん。傍からみたらどうなのかはわからんけどな」

「なんかええな」

「どうしたん? なんか今日の村瀬、いい子過ぎてきしょいで?」

「……別に。たまには感傷的な日もあるんや」

「あ、感傷的やったんや。まあ、なんでもいいけど。もう眠くないんか?」

「家で寝て来たからな」

「そうか。俺はもう眠くて仕方ないわ。だってもう2時なるで」

「……なあ東藤」

「ん?」

「……本当は全部嘘やねん」

「なんや急に」

「僕が昨日眠れへんかったのは、兄貴の彼女——僕の初恋の幼馴染がすぐ隣の部屋におったから。本当につらいんは、彼女を今でも忘れられへんこと。全部と思ってたのに、彼女の腕の中に入った途端、彼女に触れられる嬉しさ以外の全部を忘れてもうた。それに気がついた瞬間、自分がみじめで仕方なかったんや。拷問やったんは彼女のぬくもりを感じながら、それ以上何もできひんこと。もっと深く彼女を知りたい、感じたいって思っても、そんなことは許されへんし、そもそも僕以外、誰もそんなこと望んでへん。兄貴と彼女はホンマに素敵で、お似合いなんよ。絶対幸せになれる。ほとんど完璧な関係なんよ。誰もが確信してる。でもやねん。ひとつだけ弱点があんねん。それが僕。僕ならもしかしたら完璧な2人の関係にひびを入れることができるかもしれへん。もしかしたら、関係をぶっ壊して、彼女を奪い取ることすらできるかもしれへん。けどさ、そんなんしたくないんよ。絶対したくない。だって間違てるもん。そのくらいわかるよ。けど、自分の奥底に押し込めたなんかよくわからん感情が、彼女を見るたび暴れようと出てくる。僕は必死に抑え込んでるんやけど、それがいつまで上手くいくのかわからない。時間がたつほど乱暴になってる気がする。気持ちはな、直接じゃなくっても伝わるんや。僕の気持ちが兄貴や彼女にバレる。そのことで2人の間にひびが入る。そのひびがどうなるのか誰にもわからないから——わかっているのは、悪い影響を与えるってことだけ——、ずっとずっと、それが怖くて怖くて仕方ない。2人には2人で幸せになってほしいから、僕は一生それに怯えながら過ごさなあかん。つらい。本当につらい」

「……」

「兄貴は僕のこと大好きやし、信じてくれてるから、彼女のスキンシップを無理にとめへん。同時に彼女も僕の気持ちなんて知らないから、昔からのスキンシップをやめへん。けど僕はなんも言えん。僕がそれにとやかく言うことこそが、になる可能性があるから。そうである以上、僕は何もないかのように受け入れるしかない。なぁ、これってか?」

「……ごめん。軽はずみやった」

「いや、謝ってほしいわけじゃなかった。……こっちこそ、ごめん」

「……夜中ってなんか負の感情が大きくなるよな。夜が深いほど、何かに押しつぶされそうになる」

「うん。だから僕は基本的に早寝早起きやねんで」

「正解や」

「でも今日はあえて押しつぶされたくて。だってさぁ、押しつぶされるってことは、中身が出てくるやん。だからもういっそそれに身を任せて、全部吐き出したくて」

「そういう日もあるな」

「悩みとか苦しさとか、東藤に聞いてほしくて」

「うん。聞いたで」

「自分で自分がよくわからん」

「俺もわからん。一緒や」

「……」

「お前も誰かを好きになったりするんやな」

「馬鹿言え。全部嘘やゆうてるやろが。気の迷いや。今日の僕の話は全部や」

「うん」

「いいから忘れろ。全部忘れろ。僕も覚えてへんから。そんで明日には元通りや」

「あいよ」

「……」

「よし。寝るか。明日も勉強しなあかんやろ?」

「うん」

「兄貴よりええ大学行って、いい人見つけようや」

「……うん」

「そんじゃ、おやすみ」

「おやすみ」

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