僕は、真夜中の君と夜を分け合い、そして眠る。

宇目埜めう

1

「ねぇ──、もう寝た?」


 君は眠そうな声でそう言った。イヤホン越しに聞こえる吐息と声がくすぐったくて首をすくめる。ほんのちょっとでも沈黙があると、心配になってしまう君。


「──ううん。まだ起きてるよ」


 僕がそう言うと、君は「よかった」と嬉しそうに笑う。君の少し鼻にかかった声が僕は大好きだ。


 君と真夜中の電話をするようになったのは、付き合い始めてすぐのことだから、もうかれこれ一年になる。


「ねぇ、真夜中のことを半夜っていうの。知ってた?」


 なんのことか分からなかったけど、嬉しそうな君の声が心地よくて、「そうなんだ。夜が半分なんだね。なら君と僕とで半分こだ」なんて間抜けに応えた。そしたら君は、「それじゃあ、今日から私と夜を分け合ってくれない?」と言った。「私……夜が怖いから」と。

 それ以来、まとわりつくような湿気のだるような熱帯夜も、世界中の音をすべて吸収してしまうような厚く重い雪が降った夜も、僕と君は夜を分け合ってきた。


「どうして夜が怖いの?」


 僕が尋ねると、君は黙ってしまった。


「寝た?」と聞くと、すかさず「寝てないよ」と声がする。

 そして──、君は「だって……」とトーンを落とした。


「眠るのって、死ぬのと同じじゃない?」


「えっ? なんて?」


 思わず聞き返す。


「そのまま目が覚めなかったどうしようって、思わない? 次に目覚める保証なんてないもの。眠りにつくのと死んでいくのと、どう違うの? きっと死ぬときも眠るときと同じように、だんだん瞼が重くなって、意識が遠のいていって、心地よくて、でもそれは偽りで──。だから、怖いの。夜になると眠くなるじゃない? だから、夜が怖いの」


 やっぱりよく分からなかったけれど、君の声があまりに真剣だったから、君からは見えやしないのに深くうなずいた。


「でも、あなたと分け合えば夜も怖くない。あなたの声を聴きながら眠りにつけるなら、そのまま目を覚まさなくたっていい。だから、私はあなたと夜を分け合いたいの。あなたとなら好きになれるから。あなたに包まれたまま死ねるのなら、眠ることと死ぬこととの区別なんてつかなくても怖くない」


「僕も同じだよ」


 そう言うと、君はリスみたいにクックッとかみ殺すように笑った。


 僕たちは、いつもたわいのないことを話して夜を分け合った。声と耳だけでつながった僕たちは、真夜中だけが居場所だった。君は夜が怖いと言うけれど、僕は夜が大好きだった。より正確には、君と夜を分け合うのが大好きなんだ。


「──うん。──そう……だね」


 だんだんと君の反応が鈍くなる。ふと時計を見ると午前三時に差し掛かろうとしていた。そろそろかな。


「もう寝た?」


「────まだ……起きてる」


「もう寝ちゃった?」


「────ううん」


「もう寝ちゃったかな?」


「────……」


 君の声が聞こえなくなった。代わりにスースーとそよ風のような寝息が聞こえてくる。


「大丈夫。君は明日もちゃんと生きてるよ。そして、また僕といつものように夜を分け合うんだ」


 聞こえているかは分からないけれど、そう言って、僕も眠りにつく。通話は切らないまま。

 きっと明日も、君か僕が言う「おはよう」が生きている証になる。

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僕は、真夜中の君と夜を分け合い、そして眠る。 宇目埜めう @male_fat

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