曲がり角
夏生 夕
第1話
おや、猫ちゃんですか。
毛並みがつやつやです。飼い猫でしょうか。
ふふ、人懐こいですね。撫でさせてくれるんですか?
・・・おぉ、ふかふか。黒猫が道を横切ると不幸になる、というのはやはり迷信ですね。
今とっても幸せです。
しまった。こんなことをしている場合では。
待ち合わせへ向かうので、わたしはこれで。名残惜しいですが。
さて。
この地図はどちら向きで見るんだったか。
画面上でこの点滅しているのが、わたし。で?
右見ても塀、左も塀。住宅地ってどうしてこう、延々と同じ光景が続くのか。
いや、しかし早く行かなくては。
ぐっ。
なんですか、かわいい。
猫ちゃんの重みが足に・・・。ダメですやめてください。
これから指定された喫茶店へ行かなければならないのですよ。いえ、迷っているのでは無くて。ただ、どちらの道を行った方が早く目的地にたどり着けるのかと地図を回し見ていたところです。
そろそろ本当に行かなくては。
「にゃおん。」
かわい。
って、違う違う・・・ん?
その尻尾の動きは。
まさか着いてこいと???そんな馬鹿な。
いやでも猫ちゃんは記憶力が高いと言うし、何よりこの街についてはわたしよりよっぽど詳しいはず。
待ち合わせまでは時間もあるし、変な所へ着いたら引き返せばいいか。
では、猫さん。いえ、猫さま。お願いいたします。
先生のところへ連れて行ってください。
先生がご自分から待ち合わせ場所を指定してくるのは本当に珍しいんです。
だからなるべく早くたどり着きたくて。助かりました。
最近では家から出て、散歩など、外の空気を吸う機会も多くなったようなんです。
猫さまの足元にも及びませんがね。
相変わらず部屋はきたな、整頓されないですし、進捗状況も良くなりません。
あ、先生とは、小説家なのですが。ご自分では「おこがましい。」とか何とか、名乗りゃしません。言葉に出さないと自覚は持てないと言っているのですが、まぁ無理強いも出来ませんし。
そういえば、物語と猫、切っても切れない間柄ですよね。
だからこの散歩の事も先生に会えたらお話ししようと思います。
無事に会えたら、ですが。
やっぱり、違う所へ来てしまいましたね。どこですか、ここは。これでは本当にお散歩です。
仕方のない猫さまですね、つい、乗せられてしまいました。でもおかげで塀地獄からは抜けられました。
ありがとうございます。
「・・・さーん。」
地図は・・・。ここ、まっすぐ行くと駅なんですね。スタート地点に戻ってしまいました。
「あの・・・!」
あ。
「野々宮先生。走ってらしたのですか?まだ待ち合わせまでは時間がありますが。」
「いや、遠くから見えたので・・・すみません。駅前を指定すれば良かったのに私が店を伝えてしまったから。」
「大丈夫ですよ、これから向かおうとしていました。」
「店、こっちじゃないです。反対側。」
「・・・。」
そうだ、猫さまは。
・・・もういないか。ちゃんと、先生のいるところへ連れてきてくれましたね。
「行きましょう。実はお隣くんがおすすめしてくれたお店なんです。」
最近ではご近所付き合いまでできるように。
前を歩く先生の背中が、以前より少しまっすぐに伸びた気がします。
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