500円から500年
天猫 鳴
猫の手を借りた結果
街灯から離れた場所に置かれた自動販売機。その明かりに照らされて、
「・・・・・・はあぁ」
何を買うか、何が飲みたいのか。
立ち止まって財布を覗いていた拓実の口からため息が漏れていた。
ため息をつくほど嫌なことがあったのかと聞かれれば、NOだ。やりたかった仕事につけてるし、同僚とも問題なく接することができている。
しかし・・・・・・。
いざ始めてみると今度は本当にしたいことだったのか、本当に好きなことなのかと考え始めている自分に気づく。
仕事を辞めるほどのきっかけにはならない微妙な心のひっかかり。
次に何がしたいかと問われたらこれといってすぐに言えるほどのものもない。でも、なにか夢中になるものが、夢中になれる事がしたい・・・・・・そう思ってしまう。
上の空で500円玉をつまみ上げる。
「あっ」
投入口に入れようとした指からつるりとコインが落ちた。
「ああっ! 待って!」
地面に落ちて跳ね上がった硬貨がころころと転がって自動販売機の下へ入り込んでいく。拓実はとっさにしゃがみこんで手を伸ばした。・・・・・・が、もう遅かった。
「嘘だろ?」
百円ならまだなんとか諦めることができた。でも、落としたのは500円玉だ。未練が残る。
辺りを見渡して誰もいないのを確認してから拓実は這いつくばった。自動販売機の下に突っ込めるだけ腕を差し込む。
「うぅ・・・・・・もう、少し」
あともうちょっとと一生懸命になる。硬貨は指の先が届きそうな所にあった。
「取れそうですか?」
「あと、もう少しなんですけど」
言って、拓実はたと動きを止めた。
(え? 誰? こんなところを見られてた? 恥ずッ)
このまま顔を見せずに頑張り続けるか。それとも、立ち上がって笑ってこの場を立ち去るか。少しの間葛藤する。
「僕がやってみましょうか」
「あ、いえ」
這いつくばったままお断りした。しかし、声の主は立ち去る気配がない。
「この隙間はキツいでしょ、僕やってみますよ」
「あぁ、難しいかもです」
「任せてください。いけると思います」
「えっと、すいません。ありがとうございます」
申し出を素直に受けて顔を上げる。
(・・・・・・ん? 毛が)
拓実と入れ代わって地面に這いつくばっている人を見下ろすと、なにやらもこもこしていた。毛むくじゃらだ。
(毛皮のコート着てるのかな?)
「えっ!?」
見ている拓実の目の前でその人の上半身がするりと自動販売機の下へ潜り込んでいった。
「嘘ッ! ・・・・・・ちょっ!」
見てはいけないものを見てしまった。
夜中とは言えない時間でも夜の闇が怖い想像をかき立てる。
(・・・・・・どうしようッ)
迷う間にその人の上半身が自動販売機の下から出てきて彼は立ち上がった。
「取れましたよ。どうぞ」
「あ・・・・・・あり、が、とう」
にこやかに500円玉を差し出すその人に、お礼を言う口がお留守になってしまった。自動的に動いた口が辛うじて「ありがとう」と言ったけれど、拓実の目は向かい合う毛むくじゃらに釘付けになっていた。
「いえいえ、どういたしまして」
体どころか顔中毛で覆われている。
笑う口元から髭がぴょんぴょーんと伸びていて、喋るたびに揺れていた。
拓実に500円玉を差し出す手には肉球があって、耳は三角で頭の上でぴょこっと動いたりしてる。
「ね、こ」
紛れもなくその姿は猫だ。
しゃきっと2本立ちして猫背じゃない猫が目の前に立っている。そして大きい!
「猫!?」
「はい」
穏やかにのんびりと答える猫はサバ柄だった。
(僕は、夢でも見てるんだろうか?)
「それとも、頭が変になったのか?」
気づかぬうちに思考が口を突いて出ていた。
「いえいえ、私は猫です。間違いありません」
そう言って、猫は楽しそうに拓実の肩をぽふぽふと叩いた。それでも信じられずに拓実は首を振る。ゆっくり力無く首を振る拓実を猫はにこやかに眺めていた。
「・・・・・・でかい」
2本足で立つ猫を拓実は見上げていた。
「僕、身長180センチあるんですよ」
「・・・・・・そう」
無意識に口が受け答えしている。
猫は目を細めて笑顔を作ったままこちらをじっと見つめていた。なにか言いたいのだろうか。
「あ、お礼」
「お礼だなんて」
もこもこした両手を振る猫の髭が揺れている。猫が断るままにしていていいのだろうか。
(猫の恩返しとは真逆に、猫に恩返せってあとから言われたら怖いな)
「いえ、お礼させてください。あっ、どれか飲み物おごりますよ」
作り笑顔で拓実はそう言った。
「あぁ・・・・・・、じゃあ。ちょっと付き合ってもらえますか?」
「へ?」
これはまずいかもしれないと拓実は思ったが、大きな猫に肩へ手を回されて固まった。
「ちょうど1人足りなくて困ってたんです」
「困ってた?」
「はい」
「足りないって・・・・・・何に?」
「あ、お名前聞いてませんでしたね」
「名前!?」
どきりとする。
(ちょっとまて、妖怪に名前を教えたりしたらヤバくないか?)
ひくつく拓実に気づいていないのか大柄の猫は笑顔のまま会話を続けている。
「申し遅れました。僕はヨニャシロ・ショーって言います」
猫が自己紹介している間も拓実の頭はフル回転していた。
(ほら、何だっけ。そうだ、陰陽師とか異世界に出てくる魔法使いとかさ。名前を言ったら操られるとかあるじゃん)
「あなたのお名前は?」
「大西拓実です」
肩をきゅっと捕まれてつい本名がぽろり。
「こちらです。どうぞどうぞ」
猫に誘導されるまま拓実は歩き続けた。
「ショー君、お帰り」
猫に招かれるまま彼の家に入るとキツネに出迎えられた。
「こちらは大西拓実くん」
「いらっしゃい、拓実くん」
「ど、どうも」
戸惑う拓実の前に次々と動物たちが出てきて挨拶を始める。
「こんにちは」
「こんにちは」
「こんばんはだろ?」
「そうだった、あはは」
「おはこんこんおや」
「こんばんみー」
豆柴、クマ、キリン、ウサギ。あれよあれよと増えて最後にもう1匹キツネが出てきて動物は総勢10匹になった。
(みんな立ってるし喋ってる。僕、キツネに化かされてるのかな?)
並んで立っているキリンとクマと猫の頭の高さがほとんど同じだった。
(同じ身長っておかしくない? キツネもよく見かけるのと少し違う)
無表情に細い目で二匹のキツネがこちらをじっと見ている。
「あ、僕たちチベットスナギツネって言うんです」
「チ、チベッ・・・・・・スナ?」
もしかしたら硬貨を取ろうとしゃがんだときに自動販売機に頭を打ったのかもしれない。そんなことを拓実は考えていた。
「いろんな動物が揃ったんだから、人間にも参加してほしいって話してただろ?」
ヨニャシロ・ショーがのんびりした優しい口調で皆にそう言った。
「ああ、拓実くんが仲間に加わってくれるんだね」
「うわぁ、それ最高じゃん」
「ありがとう」
「ありがとう、よろしく」
次々と拓実の手を取って動物たちが握手してくる。
「あ、いえ。どういたしまして」
(どういたしましてじゃないよッ! 何に参加させられるんだよッ)
防衛本能で無意識に笑顔になる拓実。笑顔の裏で自分に突っ込みを入れていた。
「動物の国でフェスティバルがあるんだ」
「僕らグローバルなアイドルグループを目指してるの」
「グローバルって言うんだから動物だけじゃダメかなって」
「やっぱり人間にも入ってもらわないと、ね」
拓実は、ああ、へぇ、と気の無い受け答えをしながら次々と喋る動物たちの顔を見ている。
「大丈夫? ついてこれてる?」
ヨニャシロ・ショーが拓実の背にそっと手を添えた。
「ああ・・・・・・はい」
「やってみて無理だと思ったらその時はやめてもいいよ」
「まずはやってみましょう」
キツネがショーの横に立って言葉を添えた。
それからはあっという間に時間が過ぎた。
ダンスレッスン、ボイストレーニング。次々と課題をこなしてみんなと一緒になってレッスンしてパフォーマンスについて話し合う。
「ああ! 楽しい!」
ライトを浴びて歓声に心が踊って充実したライブが終わる。
(もっともっと皆を楽しませたい! もっともっと皆の笑顔を見ていたい!)
仲間たちの期待する顔が拓実に集中する。その顔には「拓実、これからも僕らの仲間でいるよな?」そう書いてあった。
「拓実、どう? これからも一緒にいてくれる?」
「え? なんで?」
「えぇーー、冷たッ」
ヨニャシロ・ショーに拓実が塩対応すると、キツネの
拓実が帰ると言い出したときのために、動物たちは小箱を用意していた。大きな猫と話をしたその時、拓実はちょっと違う時間の流れに足を突っ込んでいた。そんな彼はここにいた時間が少々長くなってしまったから。
動物たちに体をつつかれたり突っ込まれてくすぐったそうにしている拓実。恥ずかしそうに顔を隠す拓実をヨニャシロ・ショーはそっと見ていた。
「よかった、この小箱を渡さなくて済んで」
拓実がそれまでの自分の人生を振り返って自分の家や家族のことを気にするまで、小箱の出番はお預けとなった。
亀は出てこなかったけれど、お約束事ってあるもんだよね。
あなたも動物に声をかけられたら大きな転機が待ち受けているかも・・・・・・しれませんよ?
□□ おわり □□
500円から500年 天猫 鳴 @amane_mei
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