指圧師出身のビーストテイマー、猫の手を借りた結果最強になる。

志波 煌汰

ネッコワークは侮れない

 キティ=ハンドは獣使いビーストテイマーであり、そして無職であり、非常に不本意ながら現在は家業のマッサージ業の手伝いをさせられていた。

 そもそも何が悪かったかと言えば、冒険者として身を立てよう! と決意して取得したスキルがビーストテイマーだったのが間違いだ。

 獣使いビーストテイマー……文字通り獣を使役するスキルで、条件さえ整えば神獣すらも使役出来る強力スキル。Sランクパーティには必須の人材であり、高収入が見込めることから人気も高い。しかしながら、誓約もいくつかある。

 その一つが「使役する魔獣に対価を支払わねばならない」というものだ。対価は獣が満足すればなんでもよいのだが、強力な魔獣や幻獣は大抵肉食であり、ほとんどの場合肉を振舞うことで対価とする。

 そして強い獣が食う良い肉は、非常に高かった。しかも食う量が多い。ブランド牛を一頭丸ごと要求してくるなどざらにある。

 ビーストテイマーは強力なスキルだが、それは魔獣に払える対価があってこそ。初期投資は高いがそれ以上に稼げるため富豪や貴族の子には人気だが、あいにくと一般指圧師家系出身のキティには初期投資のための資金がなかった。全ては「幻獣を使役して魔族と戦う私、かっこよくない? 動物好きだし」とイメージだけで取得するスキルを選んだキティ自身の責任である。潰しの利く剣技や魔法スキルにすればよかったと後悔してももう遅い。

 そういうわけでいつかビーストテイマーとして名だたる冒険者になるため、キティは今日も家業手伝いに勤しんでいた。親から受け継いだ指圧師スキルのランクが上がり続けるばかりの日々である。

 ちなみに今のペースだと目標資金を貯めるまで最短で三年らしい。道は遠い。


 その日もキティは一日マッサージに精を出し、日もとっぷり暮れた頃になって看板を下ろし、大きく伸びをした。

「はー、最近忙しいわね。猫の手も借りたいくらいだわ」

 何気ない独り言だったが、それを聞きつけた者が、いや猫がいた。

 この街近辺を根城とする黒猫の一匹である。街のモノからはミーちゃんだとかクロだとか深淵なり漆黒の爪牙だとか好きに呼ばれていた。

 ビーストテイマーは獣と意思疎通が出来る。「猫の手も借りたい」の言葉を聞きつけた黒猫は、「仕方ねえなぁ……対価に飯奢れよ?」と言った顔でキティの前でごろんとし、手を伸ばした。

「あー、いや、そういう意味じゃなかったんだけど……まあいいや。せっかくだから借りておこう」

 キティは苦笑し、その黒猫の手をとって、そしてついモミモミしだした。肉球差し出されたら誰だってそうなる。ならない奴は人間ではないので注意が必要だ。


 そのモミモミが始まった瞬間、黒猫に電撃が走った。

 肉球を揉むキティはつい癖で指圧師スキルを発動させていた。代々受け継がれ、自身でも毎日の労働で磨き上げてきた一流のスキルである。ランクは既にA+に達していた。

 普段身勝手な人間から不本意に肉球を触られるばかりの黒猫にとって、その心地よさは体感したことのないものだった。

「ん? なにお前、気持ちいいの? せっかくだから体も撫でてやろう」

 そういうとキティはその手で背に触れ、わしゃわしゃと撫で始める。

 極上の快楽が、そこにあった。

 マタタビ以上の心地よさを、黒猫は初めて知った。

 今まで野良のプライドから一度も出したことのない猫なで声を大サービスするほどだった。

 一通り撫で終わったキティは満足し、明日の仕事のため家の中に戻っていく。

 しばし快感に呆然としていた黒猫も我に返り、猫の集会へと出かけて行った。

 胸に一つの使命感を秘めて。


 翌日から、キティの元をあちこちから猫が尋ねてくるようになった。

 黒猫が集会でキティのマッサージについて喧伝した結果、その評判が猫のネットワーク、略してネッコワークを通じてあちこちで噂になったためだ。

「うちは別に猫のマッサージ屋じゃないんだけどな」

 ぶつぶつ言いつつも、しかし元々動物が好きでビーストテイマーを取得しようとしたキティである。なんだかんだで求められるまま猫たちのマッサージを行っていた。

 噂はどんどん広まり、近隣の街に留まらず遠方からも猫が来るようになった。猫に限らず犬を始めとした他の生物も訪れるあたり、その広まりようは凄まじかった。家の前がちょっとした騒ぎになるため、整理券を用意する必要があるほどだった。


 そんなある日、キティは一匹の猫に「ちょっとついてきてくれ」と言われるまま街を出た。

 辿り着いたのは鬱蒼とした霧の森である。近隣にあるこの森は狩人も滅多に立ち入らない禁則地であり、奥深くには魔獣たちが潜むと噂されていた。

 不安に思いながらも猫の案内のままキティは足を進める。森のあちこちから獣の気配を感じるが、不思議なことに危害を加えるものはいなかった。

 歩くことしばし。たどり着いたのは、巨大な獣の足元であった。

 キングウルフ。魔獣種の中でも最強と名高い狼である。

 その威容に息をのむキティの前で、キングウルフは首を差し出して言った。

『話は聞いているぞ、ビーストテイマー殿。貴殿のマッサージを私も受けてみたいのだが、如何か』

 当然断れるはずもない。キティはその指圧師スキルを遺憾なく発揮し、キングウルフのマッサージを行った。

 それはもう、誠心誠意。


『あ゛あ゛~~~~~』


 数刻後、非常にご満悦のキングウルフが恭しく傅いてキティに言う。

『対価は受け取った。これにて契約締結だ。ビーストテイマー殿よ。そなたの求めあらば、我が牙を剣としてそなたの敵を打ち滅ぼそう』

「え、マジで?」

『このマッサージは我を使役する対価に値する。めっちゃ良かった。☆5評価です。今度友達のフェンリルくんにも紹介させてもらいます』

「マジで!?」



 そんなこんなで思いがけずあらゆる魔獣幻獣神獣との契約を結べるようになったキティは、後にその噂を聞きつけた勇者パーティの勧誘に乗って魔王を倒す最大戦力となるのだが……それについて語るのは、またいつか。

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指圧師出身のビーストテイマー、猫の手を借りた結果最強になる。 志波 煌汰 @siva_quarter

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