差別もいじめも無い場所を探して。

無月弟(無月蒼)

私達の、長い散歩が始まる。

 優也くんと会ったのは、いつ頃だったかなあ。


 あの夜私は、山の中を一人で散歩していた。

 すると後ろで、ガサガサって音がして。振り返ったらそこに男の子が一人立っていたの。


 男の子を見た瞬間、ドキーンと心臓が跳ね上がった。

 ど、どうしよう。見つかっちゃった。

 町の人間は、私達に意地悪をする。だから姿を見られちゃいけないって、いなくなったママが言っていたのに。


 だけど固まっていたら、男の子が言ってきた。


「君、一人?」

「え?」

「僕もなんだ。ねえ、一緒に遊ばない?」


 そう言って男の子は手を差し伸べてきて、私はそれを掴んだ。


「あなた、名前は?」

「僕は優也。君は?」

「私はフウ。『風』って書いて、フウって呼ぶの」

「風ちゃんか。可愛い名前だね」


 か、可愛い? な、名前が、だよね。

 ニッコリと笑う優也くんに、またも胸がドキドキ。だけどさっきビックリした時のドキドキとは、ちょっと違う気がする。


 月明かりに照らされながら、たくさんの事を話して。そして私達は、友達になったの。


 それから優也くんは、よく山に来るようになった。

 最初会った時と同じ、夜に来ることもあれば、夕方くらいに来ることもあって。遊んだり、優也くんの持ってきたおやつを食べたりもした。


「美味しい。このお菓子何!?」

「チョコレートだよ。気に入ったのなら、僕の分も食べる?」

「うーん、いいや。優也くんが食べて。だって二人で食べた方が、美味しいもの」


 不思議なことに、おやつは一人で食べるより、二人で食べた方が何倍も美味しく感じる。


 そうしているうちに、私は優也くんのとこが大好きになっていく。

 そして時々優也くんがしてくれる、町の話を聞くのも大好きだった。山から出た事のない私にとって、町の話はとても刺激的だったの。


 だからある日、町に行ってみたいって優也くんに言ったの。

 ママからは行っちゃいけないって言われていたんだけど、それでも。


「風ちゃん、どうしても町に行きたいの?」

「うん!」

「わかった。それじゃあ明日、二人で行こう。僕、準備してくるから」


 そう言って、優也くんは帰って行って、その日はワクワクして、夜になっても中々眠れなかった。

 そうして次の日の夕方、山にやって来た優也君は、手に紙袋を抱えていた。


「それなあに?」

「僕の服だよ。風ちゃん、これに着替えて。その格好だと、町では目立っちゃうからね」


 ああ、そういえば。

 時々町の様子を遠目で見るけど、人間はみんなお洋服を着ていて。私みたいに着物を着てる人はほとんど見かけないや。


 優也くんから服を受け取ると、茂みに隠れて着替える。

 すぐ横に優也くんがいるって思うと、着替えるのも変にドキドキしちゃう。

 シャツを着てズボンを履いて、帽子をかぶって。お洋服なんて初めて着たけど、変じゃないかな?


「ど、どうかな?」

「すごく似合ってる。可愛いよ」

「えへへ~、ありがと~」


 私達は山を降りて、町へ行く。

 町って凄いや。人がいっぱいいるし、車がビュンビュン走ってる。


 それから優也くんと一緒に公園に行って、ソフトクリームってのを食べたけど、冷たくて甘くて美味しい。


「風ちゃん、楽しい?」

「うん、とっても。来て良かった……あっ!」


 突然吹いた、強い風。するとかぶっていた帽子が飛ばされ、空に舞い上がる。


 いけない、優也くんに借りた帽子なのに。

 すると帽子は、近くの木の枝に引っ掛かった。


 帽子が引っ掛かったのは、お家の二階くらいの高さ。

 良かった、これなら簡単に取れそう。私は木の下まで行くと屈んで、それから思いっきりジャンプした。


「それ!」


 狙い通り帽子をぱしっと取って、地面に着地する。


「優也くーん、ちゃんと帽子取れたよー」

「っ! 風ちゃん、早くそれをかぶって!」

「えっ?」


 すると近くにいた人達が、ざわざわと騒ぎだした。


「なんだあの子、今スゲージャンプしたよな」

「おい見ろ、角が生えてるぞ」


 なんだろう? みんなが私のことを、見てる気がする。


「角だけじゃない、肌も黒い」

「ねえママー、あのお姉ちゃん、どうして髪が真っ赤なのー?」

「あの金色の目、気味が悪いわ」


 みんなが私に指をさす。


 ……角が生えてる。


 ……肌が黒い。


 ……赤い髪。


 ……金色の目。


 うん、そうだよ。みんな何をそんなに驚いてるの?

 


 私は鬼。まだ角は帽子がかぶれるくらい小さいけど、れっきとした鬼なの。

 だけど、それがどうしたって言うんだろう?


 不思議に思っていると、不意に頭に何が当たった。


「痛っ!?」


 跳ね返ったそれは、地面をコロコロと転がる。

 石だ。石をぶつけられたんだ。

 するとまた一つ、もう一つと、次々に石が飛んでくる。


 痛い、痛いよ!

 体を守りながら石が飛んできた方を見て、愕然とする。どうしてみんな蔑むような目で、私を見ているの?


「アイツは化け物だ」

「まあ怖い、きっと子供を拐いに来たのよ」

「こっちに来るな! どこかに行け鬼め!」


 なんで? どうしてみんなしていじめてくるの?


 悲しくて怖くて、泣きそうになる。

 するとそんな私の手を、優也くんが掴んだ。


「ゆ、優也くん」

「風ちゃん、逃げよう!」


 手を引かれて、私も駆け出す。だけど。


「君、そいつから離れるんだ!」

「この化け物め!」


 集まってきた大人達に、引き剥がされて、優也が遠ざかる。

 どうして? どうしてこんなことするの?


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 声をあげて大人達を振り払って、無我夢中で走り出した。


 一度だけ振り返ったけど、目に映ったのはたくさんの人に取り押さえられている優也くんの姿。


「放して、放してよ! 風ちゃーん!」


 助けたい。けど今戻ったら、ますます大変な事になっちゃう気がする。


 山に帰ろう。人間達のいない山に。


 優也くんの叫ぶ声を背中に受けながら、私は山へと逃げ帰った。




 それから私は、住みかである洞窟にこもって泣きじゃくった。


 なぜいじめるの?


 なせ怖がるの?


 私は何もしていないのに。


 悲しくて悲しくて、胸が張り裂けそうになる。

 石を投げてきた人間達が怖くて、もしかしたらここまで負ってくるんじゃないかって不安で。夜になっても朝になっても、ビクビク震えていた。


 ママの言ってた通りだった。町の人達は、私に意地悪をする。こんなことなら、町なんかに行くんじゃなかった。

 せっかく優也くんから服まで借りたのに、まだ返せていないし。

 優也くんはあの後、どうなっただろう?


 気になるけど、確かめに行くのが怖い。

 だけど町へ行ってから二日目の夜。優也くんがやって来たの。


「風ちゃん!」


 走ってきたのか息を切らしながら、私の名前を呼ぶ。

 あれからどうなったのとか、もう夜なのに来ても大丈夫とか、聞くべきことは色々あるのに。優也くんの姿を見たらまた涙が溢れてきて、彼に抱きついた。


「優也くん! 優也くん!」


 泣きじゃくる私の頭を、優也くんが撫でる。

 赤い髪も、小さな角も、優しく撫でる。


「ねえ、どうして? どうしていじめられなきゃいけないの? 私が皆と違うから?」


 肌や髪や目の色が違う、角が生えているのは、そんなにいけないことなの?

 すると優也くんは、悲しそうに言う。


「学校で、先生が言っていたんだ。肌や髪の色が違うのは、おかしなことじゃない。差別しないで、仲良くしましょうって」

「ならどうして私はいじめられたの? 角があるから、いじめられるの?」


 私は優也くんの手をどけて、頭に生えた角を掴む。


「待って、何をする気!?」

「折るんだよ。だって角が生えてるから、いじめられるんでしょ。だったら、こんな物いらない!」

「やめて!」


 角を折ろうとする私を、優也くんは抱き締める。

 強く強く、抱き締める。


「ダメなんかじゃない。風ちゃんの黒い肌も赤い髪も金色の目も、もちろん角だって、僕は全部好き。だから、そんな事言わないで」


 本当は私だって、折りたくなんてないよ。

 まだ小さいけどママから受け継いだ、自慢の角なんだもの。


「さっきは肌や髪の色で差別しちゃいけないって言ったけど、本当は世界中のあちこちで、差別やいじめは起きているんだ」

「そんなのおかしいよ。一人一人違うのなんて、当たり前なのに」

「うん、僕もそう思う。角だって同じ。皆と少し違うだけなのに、どうしてあんな酷いことができるんだろう」


 人間の世界は、分からないことだらけ。

 それがとても、怖く思えた。


「ねえ風ちゃん、僕と一緒に旅に出ない?」

「旅? いったいどこへ行くの?」

「皆と少し違っていても普通に暮らせる、そんな当たり前なことが、ちゃんとある場所」

「そんな場所あるの?」

「それをこれから、探しに行くんだ」


 当たり前のことがちゃんとある場所。もしもそんな場所を見つけることができたらそれは素敵だけど、優也くんはいいの?

 旅なんかに出て優也くんのパパやママは、心配しないの?

 すると。


「大丈夫。僕がいなくなっても、お父さんもお母さんも何とも思わないから。……これを見て」


 すると優也くんは何を思ったのか、おもむろに服を脱ぎはじめた。


 えっ! な、何をするの!?


 慌てて顔を反らそうとしたけど、晒された優也くんの肌に、目が釘付けになる。

 服に隠れていた肌は傷だらけ。見てるこっちが痛なるほど、ひどい有り様だった。


「僕にお父さんはいない。それにお母さんは、僕をいじめるんだ。僕がいると、迷惑なんだって。そんなお母さんから逃げたくて夜中に山の中を散歩してて、それで風ちゃんと出会ったんだ」


 どうしてあの日、夜中にもかかわらず優也くんが山の中にいたのか。ようやくわかった。

 優也くんも探していたんだ。自分が普通でいられる場所を。


 服を着直した優也くんは、ぎゅっと私の手を取る。


「行こう。僕らが僕らでいられる場所を探しに」

「どれくらいかかるかなあ?」

「ただの夜中の散歩だよ。大丈夫、僕はいつもやってるもの」


 いつもやってる、真夜中の散歩。その途中で、優也くんは私と出会った。今度は二人で出掛けてみよう。

 差別もいじめも無い、そんな当たり前な事が、当たり前にある場所を探して。


 私達の、長い散歩が始まる。



 了

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差別もいじめも無い場所を探して。 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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