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「別に良いではないか。のう? 忙しいんじゃろ?」
「そりゃそうだが……ちなみに実際どんな感じになるんだ?」
口汚く罵ってはみたものの、やはり興味はある。背に腹は代えられないのだ。
このいつ終わるともしれない書類仕事が無難に片付くのであれば、他人ならひとりふたり呪い殺したってかまわないと少年は本気で思っていた。
「状況にもよるが基本的に悪いようにはならん。貴様はなんらかの方法でその書類仕事に都合の良い要素を得るじゃろう」
「ほー」
「そして因果の帳尻合わせとして知らんところで誰かが忙しくなる」
「呪詛を返されたりする危険は?」
「わしの呪詛をか? そんな芸当ができるやつなんぞこの世に両手で数えるほどもおらんわい」
「うーむ」
少年はそれでもまだ十分消化できていないような顔で猫の前足を受け取った。毛並みの手触りは猫そのまま、中身は少し硬く剥製のような感じになっている。肉球は柔らかくほんのり温かい気がした。
彼が視線を向けると少女は手をひらひらと振って促す。
「わしはさっさと出かけたいんじゃ。はよう使ってその書類の山を片付けんか」
「ま、ものは試しか」
自分以外の人間がどうなろうと知ったことではない。少年の世界観は明快だった。
猫の手を両手に持つと魔術を使う初動の要領で魔力を手に集めて“猫の手”へと流し込む。
小さな棒状のそれ全体へ行き渡ったのを確認すると少年は集中を解いて再び少女へ視線を向けた。
「これでいいのか?」
「うむ」
「なんも起こんねえんだが?」
「まあ待て」
「待てって言われてもな」
こうやってぼさっとしている時間も惜しいんだが? そう思っていた少年の目の前の扉がノックと共に開かれた。
「マァスタァ、ただいま戻りましたぁ」
彼の所有する女性型の自律人形が歌うように挨拶しながらするりと部屋へ入ってくる。
「よう、そっちの仕事は終わったのか?」
「いええ、それがですねぇ? 先方の書類がボヤ騒ぎで燃えちゃいまして」
「マジか」
「どこかから入り込んだ猫ちゃんが燭台を蹴っ飛ばしちゃったんですよねぇ。やってる途中だった書類仕事も全部パーになりましてぇ。とりあえずまた呼ぶからって帰された次第なんですよぉ」
少年と少女の視線が交錯した。秘書役の自律人形が帰って来たのは本当にありがたい。これで仕事も捗ると思ったのだが、まさか帳尻合わせが少年の上司に行くとは。
「おいババア」
「んー、まあ、貴様の忙しさを解消するに相応しいよう因果に干渉をした結果、文字通り因果関係のあるところで帳尻が合ってしまったようだのう」
確かに自分以外の人間がどうなろうと知ったことではない。
他人をひとりふたり呪い殺したところで良心の呵責もない。
だが自分の上司の仕事が忙しくなるというのは、あまり有り難い話ではなかった。
なまじ自分が原因なだけに。
「おいババア」
「わかっておる」
ふたりが気まずそうに頷き合う姿を見て自律人形の女が訝し気に首を傾げる。
「なんですかぁ? おふたりだけで楽しそうにぃ。いつからそんな仲良くなられたんですかぁ?」
「仲良くねえよ。ババアはもうそれしまっとけ」
少年は険しくなった眉間を揉みながら言った。
「お前はとりあえず書類に目を通してくれ。問題なければ俺が署名と捺印をするから」
やっぱりわけのわからん呪具になんぞ頼るもんじゃないな。少年は深く反省した。
猫の手 あんころまっくす @ancoro_max
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