三級遺物【猫の手】/巨人伝説研究家<角田六郎>の事件簿2

坂崎文明

猫の手と巨人

 【猫の手】という三級遺物があるのだが、巨人の眠る古墳に迷い込んだ猫が、その霊力に当てられて、死後、呪物化した物である。


 さほど、悪さをするものではないが、例えば、真夜中に背中がムズムズして振り返ると、何もいないという体験をした事はないだろうか?

 そういう場合、【猫の手】の仕業の場合があるのだ。

 まあ、普通はそういうイタズラのような霊障れいしょう、ポルターガイスト的な霊的な現象を生むだけなので、嫌ならその家から引っ越しすればいいだけである。


 え?

 引っ越し代金がない?

 ああ。

 引っ越しするのが嫌な場合は、俺に相談してくれれば、何とかできるかもしれない。


 あ、俺は巨人伝説研究家の角田六郎つのだろくろうという者だが、決して怪しい者ではない。  

 【猫の手】も巨人関連の霊的な災害なので、守備範囲というか、ほら、専門分野なんだよね。


 と、山に巨人が腰掛けてるイラストの入った怪しさ満載の名刺を受けとった神頼紗弥加かみだのみさやかであったが、サイゼリヤで喜ぶ彼女のように、牛ステーキとか、イカ墨入りパスタとか、アスパラガスサラダとか、マルガリータピザをがっついていた。

 サイゼリヤで。


 なんせ、武蔵野美術女子大生だけど、カネがない。

 しかも、大体いつも、もやしとか、パスタばかり食べてるので、腹ペコだ。

 仕送りないし、奨学金返済が大変になりそうなので、バイト代はかなり貯金に回してるのだ。

 まさに、背に腹は代えられない。

 腹ペコなので、サイゼリヤでも嬉しいかも。

 炎上しそうな感想だ。

 

 で、婚活系パーティーで知り合ったオヤジを篭絡して、何か奢らせる魂胆満載なのだが、サイゼリヤに連れてくるとは、ある意味、いい度胸である。

 この男。

 しかも、小太りで、丸い冴えないメガネで、前髪が無いからボウズ頭にしてるし、30代後半には見えなくて、どうみても40代半ばだろというツッコミを入れたい所だ。

 まあ、ちゃんとスーツを着てるのはポイント高いが、シャツがヨレヨレだし。

 制服好きな女子は多い。

 でも、最初のデートでファミレスとは、ネットワークビジネスの勧誘かと警戒したぞ。

 私もいろいろ体験してるのよ。


 それは、ともかく、


「その【猫の手】とやらを角田さんは退治できるの?」


 と、紗弥加さやかは尋ねてみた。


「まあ、それぐらいなら、簡単だよ。…ただねえ、その【猫の手】が借り物だったら、少々、厄介なことになる」


「借り物?」


「そう、あなたの部屋の先住者が【猫の手】を巨人から借りてた場合なんだが、つまり、誰かを呪詛するために儀式を行い、【猫の手】を巨人のいる古墳から正式に借り出した場合、かなりマズいことになる」


 角田は最悪の想像をしているのか、一瞬、険しい表情に変わった。


「なるほど。ちなみに、借りてた場合、どうなるの?」 


「それはいつか返さないといけなんだが、最悪の場合、が来る」


って?」


 パシンッ!と店のガラスが割れる音が響いた。

 いきなり、角田に抱きしめられた。

 このオヤジ、何しやがるんだ!と思う暇もなく、紗弥加は肩を抱かれたまま店の裏口へと走らされた。

 意外と強引なタイプの男ねと思った。

 背後では地震かと思うほどの振動音が何かの爆発のように響いた。 


「早く乗れ!」


 角田は必死の形相で助手席のドアを開けて、紗弥加を席に押し込み、自分の愛車らしいフィアットのエンジンを始動した。

 急発進する。

 なかなか洒落た車に乗ってるなと思う。

 まあ、普通は女子が乗るやつだか(笑)

 何か迫力に押されて、真っ昼間に拉致されてる自分に呆れた。

 でも、何かそんな嫌じゃない自分にも気づく。


「あの? 角田さん、私はこれからドコに連れ去られるのでしょうか?」


 一応、訊いてみた。


「ん? 何の話か知らんが、それは誤解だ」

  

 角田はポカンと口を開けている。


「誤解って?」


 たぶん、私も間抜けな顔をしている。


、巨人の精霊体アストラルボディが追ってきてるんだ。このままだと、君の命が危ない。対策を考えるから、とりあえず、逃げてる」


「え? それ、大丈夫なの?」


「大丈夫だ」


 なんか頼もしい。

 角田はスマホで誰かに連絡している。


月読つくよみ君か? 巨人の精霊体アストラルボディに追われてるんだ。例のやつ、持ってきてくれ 」


「了解です。ですが、私の貸したそのフィアットにも積んでるので、とりあえず、それで応戦してみたらと思いますが」


「なんだって! なんでそんなもん積んでんの?」


「用心のためですよ。小型なんで、威力はギリギリかな?」


「そんな微妙な装備なんかい!」


「フィアットが小さいので、エンジンルームもかなり改造したりして、霊子発生装置ジェネレーターもギリギリ積めました」


「とりあえず、やってみるよ。救援も急いでくれ」


 厳しい表情で通話を切る。


「あとは出たとこ勝負だ」


「角田さんを信じます!」


 励ますつもりで言ってみた。

 こちらも命がかかってるし。


「シートベルト締めてるな! Uターンして、すれ違いざまに巨人に一撃見舞う。失敗しても、逆方向に離脱して逃げるので安心しろ!」


「まあ、私には見えないので大丈夫ですよ」


「それは幸運だな。俺は左目の霊視眼でバッチリ見えるよ。十メートルぐらいの巨体が」


「こわい。でも、見えないし」


「じゃ、行くぞ!」


「はい」


 その瞬間、フィアットは急旋回し、リアのツインエアエンジンにターボまでかけて加速する。

 凄まじいGと、振動が伝わる。

 今のフィアットって、フロントエンジンのはずなんだけど、昔の中古車を魔改造、チューンアップした代物かも。

 

 フロントのボンネットの中央から銃のような物がせり出してきた。

 何かスパイ映画の秘密兵器みたいで、カッコイイ。

 しばらくしたら、先端に火花が散って、青い閃光が放射された。

 光った瞬間、しばらくは、悪魔のような巨大な影が私の目にも見えた。

 これはヤバい。

 と思う間もなく、フィアットは急加速して、最高速度でその場を離脱した。



       †




「今日は普通のイタリアンね」


 角田さんが助けたお詫びに?奢ってくれるというので、サイゼリヤよりはデート向けのイタリアンで季節のパスタをがっついてる。


「いや、助手の月読星つくよみひかる君にダメ出しされて、ここを紹介されたよ」


 角田は恥ずかしそうに頭をかいてる。


「それが無難ね。角田さん、本当は何歳なの?」


「45歳」


「サバ、読みすぎよ」


「悪かった」


 冷汗をでっかいタオルで拭いている。

 なんだか、小動物みたいでカワイイかも。

 まあ、今日はそれなりのスーツは着てるわね。

 シャツもヨレヨレじゃないし。


「まあ、あれよ。巨人の生霊か何かから助けてくれたのは感謝してるわ」


「お詫びに、たまに、奢らせてもらうよ」


「ゴチになります」


 あれだ。

 何だかこの人といると、居心地がいいのは確かだが、結婚とかそういうのはないわ。

 角田さんはそんなこと知らずに嬉しそうだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三級遺物【猫の手】/巨人伝説研究家<角田六郎>の事件簿2 坂崎文明 @s_f

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ