猫の手を借りた王様の話

月代零

第1話

 昔々、あるところに、猫の手も借りたいほど忙しい王様がいました。しかし、王様は何でも自分で抱え込んでしまい、家来に仕事を任せようとしませんでした。

 猫の手を借りるくらいなら、一人でいい。真の脅威は、強い敵ではなく、無能な味方である。というのが、王様のモットーでした。王様は、周りを全く信用していなかったのです。

 書類にハンコを押すだけで済むはずの仕事も、担当の大臣を呼びつけ、納得のいくまで話を聞き、現地まで赴き、自分の目で現状を確かめて指示を出さなければ気が済まないのでした。

 良く言えばとても仕事熱心なのですが、家来たちの中には頑張っているのに信用してもらえないと、不満に思う者もありました。

 そうというのもこの王様、熾烈な王位継承争いを生き残り、権力を私物化していた大臣たちを粛正し、国を立て直そうとしている最中なのでした。なので、私腹を肥やそうとしている人間は、王様に細かいところまで見られて悪いことができなくなる効果はあったのですが、反面、王様が王子だった頃からついて来てくれていた側近たちは、王様は自分たちのことも信じてくれなくなったのかと、寂しく思うのでした。

 

「まあまあ、そう言わずに。ひとつ、僕の手を借りてみませんか? 陛下」

 ある日、そう言って王様の前に現れたのは、大きな白い猫でした。猫と言っても、言葉を喋ったし、大きさは人間の大人と同じくらいで、二本足で立っていました。毛並みはとてもふかふかしていて、触ったら気持ちよさそうです。宝石のような青い瞳は、昔王宮にいた猫に似ていると思いました。

 しかし王様は、

「曲者?! ええい、衛兵は何をしている! ひっとらえろ!」

 こんな得体のしれないものの侵入を許すなんて、まったく、この城には無能しかいないのか。心の中で文句を言いながら人を呼ぼうとしましたが、

「静かに、陛下」

 もふっとした手(前足?)が、王様の口をふさぎました。ぷにぷにした肉球の感触がします。

「陛下はお仕事を頑張りすぎています。少し休みましょう。とりあえず、あちらでお茶でもいかがです?」

 そう言って猫は王様の背中を押し、ぽかぽかと日差しが降り注ぐテラスへと連れて行きます。そこには、椅子とテーブルが用意され、テーブルの上には温かい紅茶やサンドイッチ、クッキーやケーキなどが置かれていました。

 どれもいい匂いがして、美味しそうです。王様は、最近食事を楽しむ余裕がなかったことを思い出しました。

 猫は王様を椅子に座らせると、王様の前のカップに紅茶を注ぎ、自分のカップには水を入れました。化け猫でも、猫は猫。カフェインは毒なのです。

「わたしは、こんなことをしている場合ではないのだ。国民のために働かなければ……!」

 言い募ろうとする王様の口に、猫はクッキーを押し込みました。バターの香りが口いっぱいに広がります。猫の毛が付いてしまっていたので、王様はそれを取りながらクッキーをもぐもぐと飲み込みました。

「お気持ちはわかります、陛下。でも、あまりぴりぴりしてはいけませんよ?」

 青い目で覗き込まれながら言われると、なんだか逆らえない気がして、王様は黙って紅茶のカップを持ち上げました。すっきりした香りと程よい苦みが、気分をすっきりさせてくれます。

 王様は、少しの間そのまま、お茶と軽食を楽しみました。


 さて、そろそろ仕事に戻ろうと王様は席を立ちましたが、

「お次はマッサージでもいかがですか?」

 猫はそう言って、王様を横抱きに抱えて歩き出しました。「やめろ、下ろせ」と言いましたが、ふかふかの毛並みが頬に当たると、心地よくて力が抜けてしまいそうです。

 猫は王様をベッドに下ろしてうつ伏せにすると、肩から背中、足までマッサージを始めました。

 肉球のぷにぷにともふもふした毛並みから繰り出されるマッサージは、力加減が絶妙で、王様はいつの間にか眠っていました。

 猫はそれを見て、満足そうに微笑みます。


 王様が眠っている間に、家来たちは一生懸命働きました。王様が安心して休めるように、みんな一丸となって。


 翌朝、よく眠って気分がすっきりした王様は、自分が休んでいる間も家来たちが立派に国を支えてくれていることに気が付きました。

 王様と家来たちの関係も段々良くなっていき、王様は人を信頼すること、また信頼できる相手を見極める目を培っていき、国民からも愛される王様になりました。

 あの不思議な猫は今も、どこかから王様を見守っているそうです。


                                    了

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猫の手を借りた王様の話 月代零 @ReiTsukishiro

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