第1章 もう空想癖じゃない

第1話 理想の女の子って

 五月。春が過ぎ去り、夏の日差しが眩しくなり始めたころ。


 ミーンミーンという情緒豊かなセミの声が聞こえるわけではないが、ブーンブーンとハチの羽音は聞こえてくるという地獄。


 うるさいからやめてほしいんだよなぁ。


 やめてくれといったって、通じないのだから仕方がない。どうしようもない。


 虫が特別嫌いでなくとも、ハチに刺されたら痛いし。アナフィラキシーショックとか喰らったらもうたまったもんじゃない。


「ついてないな」


 俺はため息まじりに声を漏らした。俺に運がないのはいつものことだが、今日は謎の眠気も加わって、最悪な気分である。


 雨でどんよりするのも嫌だが、今日だけは雨が降ってほしいと願う。ハチよ、早く立ち去ってくれ。


「ラブコメで雨が降ったら、相合傘イベントとかあるんだろうな……まあ俺に近づく女子なんているわけないけどな」


 俺はそう言いながらも、理想の女の子を思い浮かべてみた。


 ――サラサラの長髪で、ぷにぷにの肌。それから大きな瞳と、妖艶な唇と……あぁベタなのしか思いつかないな。あとはまあ…………太もも……とかかな。黒タイツとかはいてくれたら、より美しく見えるだろうし。


 それから……あ、大事なことを忘れていた。


「胸が大きい、ってのも加点ポイントだな」


 妄想なんだから、上から目線でも許してくれ。俺は一生、甘酸っぱい青春なんて遅れるわけないだろうから。


「あぁ…………暇だな……」


 そう――まさに今、ゴールデンウィークという長期休暇の真っただ中なのだ。


 しかし、俺は一人でダラダラするしかすることがない。


 ――ピロンッ。


 スマホが鳴った。きっと母さんからのメールだろう。


「仕事中だろ。何の用だよ……」


 俺がスマホを見ると――


『ごめん今日帰れない』


 ――と言う簡潔なメッセージ。


 はいはい。わかってますよ。夕食は作れないから、


「自分でなんか買って食えってことでしょ……」


 ため息交じりの俺の青春は、いつまでも続くだろう。


 ――ピロンッ。


「チッ……またかよ。何か買ってきてほしいものでもあるのか?」


 俺が再びスマホを手に取り――――バタン。


「は…………?」


 俺はスマホを落としてしまった。画面に表示された文字を見て、手に力が入らなくなったのだ。嘘だろ……


「母さんじゃない……⁉」


 父さんでもない。俺にメールを送ってくる奴なんて、母さんと父さんしかいないのだ。それに……


「この名前って……」


 落ち着きを取り戻した俺は、もう一度画面をよく確認した。そこに書かれていた名前というのは――


箕卜きうら 静香しずか…………⁉」


 ――俺の最推しのアイドルグループの最推しメンバー・箕卜 静香だった。

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恋してしまった遭遇(エンカウンター)と虚構(フィクション) 星色輝吏っ💤 @yuumupt

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