第41話 上昇

「ほら、しっかりついて来い!」

「は、はい!」


 分かりきっていた事だが、俺にとっては見廻りというより修業だった。


 必死にAの後を追うも、慣れない長物を持ちながら走るというのは難しく呼吸もすぐ乱れる。


 学生時代のリレーを思い出すがバトン代わりの鉄鞭てつべんがとにかく重い。既に腕がパンパンになって悲鳴をあげていた。


「両手で持つなよ?

 剣は鉄鞭より重いし鋭利なんだ、剣だと思って扱うように」


 俺の行動を先読みしたのかAから注意を受ける。


「了解です!」


 Aの方が俺より体格も小さく年齢も若いが、俺よりも力が強くタフだと言うことは走る姿を見ていて分かる。


 支援魔法を使っている感じもしないので自力でそれなのだ。


 厳しい注文をつけてくるAだが、無理にでも追いかけないと格好がつかないと思える。弱音を吐くような事は自分の娘程年齢差がある相手にはしたくなかった。


+能力上昇


 また、走り始めてから一定の感覚で能力上昇を認識している。おそらく筋力の上昇か体力の上昇だと思うが、何にしろかなり心の支えとなっている。


 しかし気合と根性だけではいずれ鉄鞭を落としてしまうだろう…あぁ、そうか。


▼状態固定


 俺は強く念じ、握っている鉄鞭の状態を固定する。


「良し…」


 重さは感じるが、握力を必要とせずに鉄鞭を持てている。握力については休めそうだ。


 鉄鞭を落とす心配が無くなったので走ることに集中する。


+能力上昇

+能力成長


 久々に成長まで感じた。


 もしかして成長は状態固定のレベルだろうか?


 薪運びの際は途中から支援魔法をかけたせいかどちらも感じなくなっていたが、この調子であがるなら順調に強くなれるかもしれない。


「なんだ、割と走れるじゃないか」


 気持ちの変化か能力上昇による変化か、なんとかAの後をついていけた。


「…はぁ…はぁ…え、営業は…あ、足で稼ぐものですから」

「営業?商人の心得みたいなものか?」

「そ、そんなとこです」

「ふーん?商人もなかなかやるじゃないか」

「あ…足手まといにならないよう、早く強くなりたいですからね」

「…私の予定では倒れ込んでいるBBを今頃介抱しているはずだったんだが、この調子ならまたの機会になりそうだな」


 何故か残念そうに口を尖らせているA。

 なんだ?こんなに表情豊かだったか?


「か、介抱?」

「一度してやっただろ?優しくするぞ?」

「うーん?」


 あ、もしかしてビンタのことかっ!?


「ま、まだまだ大丈夫です」

「残念だな」


 Aは相変わらず物騒だった。


+能力上昇

+能力成長


 しかし、物騒なこの世界にきて良かったと思える事がこの感覚だろう。


 仕事が忙しくてコツコツと貯蓄する事が楽しみのひとつだったが、こうやって積み上げる事を簡単に実感できる事はなかった。


 積み上げる事は本当に気持ち良いものだな。


「そ、そういえば師匠マスター、み、見廻り中は…はぁ…はぁ…な、何を見れば良いんですか?」

「変化を見ろ。倒木などで道がふさがれていないか、何かが破壊されてないか、見たことのない集団がいないか、困っている人がいないか、またそれらは罠ではないか」

「な、なるほど…」


 思った以上に真面目な仕事をAはやっていたようだ。


「あと、訓練は見廻りから帰ったら行うぞ」


 な、なぬ!?

 そんな強行軍で?!


「大丈夫だ、いつでも介抱する用意はできている」


 全くもって今更だが、俺はとんでもない上司の下についたらしい…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【忙殺中のため不定期でお送り致します】『勇者転送』⁺神の切り札は欠陥だらけ₋ 猫背族の黑 @senei87

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ