猫の手を借りないと始まらないラブコメ

右中桂示

名猫ツキミ

 ツキミは加藤くん家の猫です。

 子猫の頃から一家に愛されて育ち、すっかり家族の中心的な存在になっていました。なので、自分がしっかりして家族を支えてあげないとな、なんて風に思っていました。


 今日もツキミは、愛すべき家族の為に手を貸してあげます。


「わあ、本物のツキミちゃん!」

「ね、可愛いでしょ」

「うん、カワイイ!」


 自分の可愛さを存分に活用して、加藤くんが連れてきたお客さんを歓迎します。

 その好感触な反応に、加藤くんはツキミへ大いに感謝していることでしょう。


 加藤くんはお客さんの女の子、榎本さんが好きなようですから。


 なのに加藤くんはずっと話すきっかけを掴めないようでした。そこで白羽の矢が立ったのがツキミ。女の子なら猫は好きだろうと、ツキミの写真や動画でアピールし続け、こうして遊ぶ仲までこぎつけたのでした。

 猫の手を借りなければ女の子一人誘えないとは、なんと情けない男でしょうか。

 ツキミは呆れるばかりです。

 まあ「写真と動画のおかげで榎本さんと話せた!」と事あるごとに豪華なおやつをくれるので良しとしていましたが。


「いいなー。ウチのマンションじゃペット禁止なんだよね」

「だったら家に来なよ。ツキミとならいつでも遊んでいいからさ」

「うん、ありがと」


 榎本さんの返事に、加藤くんは見えないように小さくガッツポーズをしました。

 まだまだツキミに頼る気満々みたいです。

 それはいいが、見返りの方は分かってるな? とツキミは加藤くんをじいっと見つめました。


「ほら、あげてみる? ツキミこれ好きなんだよ」

「いいの? じゃあやってみる!」


 すると気持ちが通じたのか、お望みの物が差し出されます。

 ツキミの好きな豪華なおやつでした。

 榎本さんの手から食べます。あまりの美味しさに止まりません。


 そんなツキミを見て、榎本さんはカワイイと笑っています。

 そんな榎本さんを、加藤くんは可愛いと見つめていました。

 ですが、ふと振り返った榎本さんと目が合うと、唐突に裏返った声を出してしまいました。


「あ、そうだ。オレお茶持ってくるよ! ごめんね遅くなって」

「え、いやいいよ。気にしないで」

「待ってて、すぐ持ってくる!」


 加藤くんはそそくさと部屋を出ていきました。どうやら緊張や照れに耐えられなくなったようでした。

 ほら、やっぱり情けない。

 にゃあぁ、とツキミは溜め息を吐くように鳴きます。


 残された榎本さん。

 彼女は加藤くんがすぐには戻ってこない事を確認して、それからツキミに顔を近付けてくると、ヒソヒソ声で言うのです。


「……ごめんね、私本当は犬派だったの。加藤君と仲良くなりたくてキミを利用しちゃった。……あ、でも今からは本当に猫派になろっかな。キューピッドになってくれたからね」


 なんとまあ、榎本さんは猫を被っていたようです。

 いえ、というよりこれは、ツキミがいなければロクに話も出来なかったのはお互い様だった、という事でしょうか。


 やれやれ、情けないやつらだ。もうしばらく手を貸してやろう。


 仕方がないので、ツキミは二人を温かく見守ってあげる事にしましたとさ。


 にゃーん。

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猫の手を借りないと始まらないラブコメ 右中桂示 @miginaka

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