殺意と密謀の宇宙酒場

泰山

殺意と密謀の宇宙酒場

 ここは植民惑星のひとつ、エコー。


 名物は都市計画などおよそ存在すると思えないゴミゴミした街並み。

 そしてトラブルの匂いに満ちた火種だらけの喧騒。

 その星都シティの裏通りに一軒の酒場がある。

 もちろん、ただ飲食を楽しむだけの店ではない。


 そう、ここは傭兵酒場。

 タムロする荒くれ者どもに仕事を斡旋することを本業としている場所。

 そして今日も一人の男がこの店の、俺の店のゲートをくぐる。


▽▽▽▽▽▽▽


「マスター、今ある中で一番いい酒を頼む」


 そう言いながらカウンター席に腰を下ろしたのは目つきの鋭い男。

 俺の店の常連客、その中でも特に付き合いが長い相手だ。


「どうした。ひと仕事終わらせてきたのか?」

「いや、他で受けた仕事……明日から出発なんだがな」


 それは妙だと俺は思った。

 この男、スコープが高い酒を注文するのは珍しい事ではない。

 だがそれは大抵、流しの狙撃手スナイパーとして仕事を片付けてきた時なのだ。


標的ターゲットの来世に乾杯だ』


 そう言いながらグラスを傾ける姿はなかなか様になっているのだが。

 今回はどうも違うらしい。


「何かあったのか?」

「……あぁ、ちょっとな」


 いつもならすぐに答えてくれる男が珍しく言葉を濁す。

 それだけで何を考えているか察するには十分だった。


「今度の仕事、そんなに自信がないのか」

「……最後になるかもしれん、オレの来世に乾杯だ」


 苦笑交じりにそう言ってグラスを掲げる男。

 だがこっちはまったく笑えない。

 全くこいつは……。


「そんなロクでもない仕事、断れなかったのか?」

「断らなかったんだよ」


 俺の言葉にスコープが肩をすくめて答える。


「なんせ今回のターゲットは……」

「――ミゲル・ホワイトか」

「ああ」


 ミゲル・ホワイト統監。

 この小惑星帯宙域アステロイドベルトでその名を知らぬ者はまず居ないだろう。

 小惑星エルピス総督府の若きトップ。


 治安も経済も悪化していた惑星を就任からたった三年で立て直した敏腕政治家。

 だが、その統治の裏では先に植民していた少数民族の迫害、虐殺に手を染め……。

 彼らの犠牲のもと、人身・臓器売買を行っているという黒い噂すらある独裁者だ。


 近々、重要な会議のために地球に向かうと。

 そして、そのスキを見て彼の命を狙っている者がいるとも聞いてはいた。

 確かにアイツを殺すには、最高のタイミングだろうが……。


「正直、オレも好んで受けたい依頼じゃない、命がいくつあっても足りないからな」

「だが受けた。何故だ?」

「知り合いがガス室送りになれば誰だって張本人に鉛弾をぶち込みたくなる」


 そう言うと常連の男は黙って水を飲み干した。

 知り合いだと……?たぶん嘘だ。

 ただの知人が殺されるたびにそんな危険なことができるわけがない。

 大体こういう場合は身内と相場が決まっている。

 もしくはよほど大事にしていた女か……。


(まぁいい、深く詮索しても仕方ない話だ)


 この惑星エコーの片隅にある傭兵酒場。

 わざわざそこにタムロするような人間に恵まれた過去を持つヤツなど殆どいない。

 皆、大なり小なり心に傷を負って修羅の道に身を落とす。

 そして俺はそんな彼らの殺意と命を売ってカネに変える最低野郎といった所だ。


「問題は……それをやるには邪魔なヤツらが最低でも四人居るってことだ」

「――親衛隊か」

「ああ」


 もちろん、奴等……ミゲル親衛隊の話だって聞いた事がある。

 ユリウス・シーザーに始まりリンカーン、果ては金正男のケースに至るまで。

 古今東西の暗殺史を研究し、およそ人間が使うあらゆる凶器から主人を守るため。

 彼の傍をひと時も離れず護衛をしているというエルピス育ちのサイボーグ兵士達。


「今回もミゲルにべったり張り付いてるのか? あいつらは」

「ああ、たぶんな」


 ――なんと勿体ないことだろう。

 今回入手したミゲルのスケジュール表によると……。

 地球政府の議事堂で行われる会議の後。

 ヤツはそのまま地球で贅を尽くした休暇を過ごす予定になっている。


 高級レストランで楽しむのは本物のウシのステーキ、そしてフォアグラのソテー。

 動物園で彼を出迎えるのはトラやペンギン、サイといった地球の住民達。

 小惑星帯アステロイドベルト育ちの人間はモニターの中でしか見たことがない希少生物ばかりだ。

 その後は当然のようにカジノで遊びまくり、夜は高級ホテルのスイートにご宿泊。

 そして女と一晩中、ベッドの中で運動スポーツを楽しむのだろう。


(まったく、羨ましい限りだな)


 だが、そのバカンスの間も……。

 親衛隊の奴等はひと時たりとも気を抜くことなく護衛を続けるのだという。

 少しぐらい遊んだってバチは当たらないと思うのだが……。

 くそ真面目にも程がある。


 そして、五感と瞬発力を限界まで強化された彼らが周りに居る限り。

 統督暗殺の試みもまず間違いなく失敗に終わるに違いない。


「ちなみに、どこで勝負を仕掛けるつもりなんだ?」

「カジノに居る時を狙う。勝利の女神が微笑んでくれることを祈ってな」


 冗談はさておき……。

 確かにカジノの騒音の中なら迫り来る弾の音を聞き逃すこともあるかもしれない。

 そう、普通の人間の聴覚ならば……。

 だが、親衛隊のヤツらは別格だ。

 何しろ彼らは五感と瞬発力、集中力を限界まで強化されたサイボーグ。

 果たしてその程度の策が通用するかどうか……。


「まあ、俺の見立てが確かなら……スコープ」

「ああ」

「――間違いなくお前の狙撃。最初の四発は全て防がれるだろうな」


 無論、スコープが標的を外すヘマをするとは思えない。

 彼が引き金を引けば必ず誰かが地に伏す、それは間違いない。

 だが問題なのは"誰"が倒れるかだ。

 それがミゲル以外の親衛隊なら意味はない。ただの無駄撃ちだ。


「やっぱりお前もそう思うか……まあ、それならそれでいい」


 俺の言葉にスコープが即答する。


「それなら五発目を撃つだけだ、そうだろう? マスター」


 ……。

 口で言うだけなら簡単だがそれを実現させるには並々ならぬ覚悟が必要だ。

 西暦の頃の電子機器ならともかく……。

 今の時代、それだけの時間をかけてしまえば狙撃手の居場所は簡単に特定される。

 そうなれば警備用の攻撃ドローンがすぐスコープを捉えることだろう。

 首尾よく彼がミゲルを討ち果たしても生還できるとは思えない。


(生きて帰るつもりなら撃っていい弾はせいぜい三発までだ……)


 そしてそんなこと、スコープが一番よく分かっているハズのことだろう。

 ――分かった上で彼は事を成し遂げるつもりなのだ。


「何よりワンマンというのは無理があるだろう? せめて、協力者が欲しい」

「ああ、だがそれは難しい話だ」


 そう、協力者がいれば陽動や逃走の手助けになるのだが……。

 俺の言葉にスコープは首を横に振る。


「人間が増えればそれだけ警備の穴をくぐるのは至難の業になる」

「それもそうか」

「ああ。猫の手も借りたいのはオレだって同じなんだけどな……」


 そう言いながら常連の男はため息をついた。

 "猫の手も借りたい"、か。

 そんなものの手を借りてうまくいくようなヌルい仕事じゃなかろうに。


!? いや、そうとも言い切れない、か。


 その時、俺は盲点に気が付いたのだ。

 そうとも、スコープの言葉。それが大きなヒントになった。


「おい、スコープ」

「なんだ?」

「カジノの窓越しに狙撃する……その計画、少しだけ変更できるか?」

「あ、ああ……何か策があるのか? マスター」


 そうか、それなら。


「――俺に考えがある。大丈夫、お前の腕なら十分やれる策だ」


 そう言って俺はニヤリと笑って見せた。

 よしよし、きっちり三発で終わらせてやろう。アイツの命を。


「だから今日はアルコールは無しだ、ミルクにしておけ。手元が狂うからな」


▽▽▽▽▽▽▽


 スコープが地球に渡り、三日が経った。

 今日は彼が行動を起こす日。

 順調に行けばそろそろ来る頃だが……。


『緊急ニュースです! 緊急ニュースです!』


 モニターの中から店内に響き渡るアナウンサーの声。

 よし! どうやら来たようだ。


『先ほど、地球で休養をとっていたエルピス統監が何者かに射殺されました』


 ――俺はグラスを拭いていた手を止めた。


『当局発表によると暗殺者は長距離より三発の狙撃を行った模様


 第一射は訪問中の動物園の檻の錠前を破壊

 続く第ニ射はその中に居たベンガルトラの尻尾に命中

 そして護衛官が暴れだしたトラに対処している隙を突いて第三射で……』


 ああ、うん!

 俺の立てた計画通りスコープはうまくやってくれたようだ

 確かにヤツ等は人間が相手ならばうまく防いでみせるのだろう。

 だが、それはあくまで人間のテロリストを相手にした場合の話。

 まさか、本当に"猫"の手を借りて仕掛けてくる暗殺者がいるなど夢にも思うまい。


(まあ、そもそもヤツ等、トラが猫科の生き物だって知っているかも怪しいがな)


 宇宙で産まれ、戦いだけを学んで育った彼らの境遇にも少し思うところはあるが。

 今は見ず知らずの他人てきのことなど気にしている場合ではない。


『なお、当局発表によると犯人は未だ逃走中――』


 さて、と。まずは……。

 飛び切り上等の酒を仕入れておくことにするか。

 何のために?もちろん決まってる。

 虎の尾をうっかり踏んでしまったケダモノたちの来世に乾杯するために。


『また、事件に呼応してエルピスの星都シティでは各民族による暴動が発生しており――』


 そして、これから諸々のゴタゴタのせいで羽振りが良くなる予定の……。

 この店の傭兵たち、彼らのノドとついでに俺の懐を潤すために。


(――平和な日々も嫌いじゃない

 でもたまには来てくれてもいいだろう? なあ、繁忙期さん)


 今はまだロクな依頼の貼られていないスカスカのクエスト掲示板を眺めながら俺は呟いた。

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