二頭龍探偵 龍野士竜~『喫茶 猫の手』毒殺事件?~

まっく

招き猫は抱かれる

 看板娘に手を出す店主とは、かくも多いものか。


 居酒屋、団子屋、焼き鳥屋、ここ三軒のアルバイト先で、ことごとくなのである


 しかも、団子と焼き鳥は不倫。そんな所で働いてはいられない。


 刺すのは串だけにしておけってんだ!



 俺は二頭龍探偵の龍野士竜たつのしりゅう。事件専門探偵だ。


 しかし、実績に乏しい俺が、事件探偵一本で生活するのは難しく、アルバイトとの二刀流でやっているで、新たな仕事を探さなければいけない事となった。


 で、今回は、たまたま見つけた喫茶店。


 大きな招き猫の手の部分だけが、にょっきりと店先に生えている。

 そのインパクトに引き寄せられ、入った喫茶店の名は『喫茶 猫の手』


 店名が『猫の手』だけに、猫の手でも借りたいくらい忙しいなら、俺の猫の手貸しますよ的なノリでマスターに話し掛けてみたら、全然そんな事はなくて。


 しかし、意外にもマスターは「働きたいなら、働くかい」と言ってくれたのだった。


 お客さんがあまり来ないのは、マスターが『猫の手』を閉めて、他人に自分の猫の手を貸しに行っちゃうから。代わりに働いてくれる人がいればと、思っていたらしい。


 で、喫茶店のいろはを、みっちり仕込まれた訳だが、自分でも驚くほどの才能で吸収していき、見事に免許皆伝。


 マスターには、絶対に探偵なんかよりも、こっちが向いていると、訳の分からない事を言われる始末。


 カフェで謎解きミステリーな小説も数多あまたあるので、自分の目指すところではないが、それも探偵の修業と思えば悪くない。


 看板娘もいないし、マスターがいない時に探偵の仕事が入れば、店を閉めて、そっちを優先してくれて構わないと言ってくれたので、二刀流のもう一本の刀とすれば、これ以上ない条件と言えるだろう。


 そんな折に、マスターが姪っ子の綾間あやま瑠果るかに、この店『猫の手』を借りて、友達の結婚祝いをしたいと頼まれた。


 綾間瑠果って、どこかで聞いたと思えば、小学校の同級生。


 他にも、多田見ただみ輝岳てるたけ上木うえき志太ゆきた、上木が今度結婚する相手の真夜まよを合わせた親友四人だけでのパーティー。新婦の真夜だけが初対面。


 マスターは、知らない間柄ではないし、初めて一人で店に立つには、ちょうどいい条件ということで、僕に店を任せて、もう夜も遅いのに「ちょっと猫の手貸してくるよ」と言って、さっさとどこかへ行ってしまった。


 食べ物もお酒も持ち込みで来たので、特にやる事はなし。


 一応、前職を生かし、焼き鳥を焼けるよう(焼かせてもらったことなどないが)、七輪は持ってきている。


 ぼんやり会話の内容を聞いていると、


「真夜、せっかく珍しい苗字なのに、上木とかになっちゃって勿体なくない?」


「全然、上木でいいよ。夫婦別姓とか私は嫌だな。好きな人の苗字になりたい」


「はいはい、ごちそう様」


「真夜ちゃんの旧姓って、何なの」


法華ほっけ


「へー、それは珍しいね」


 とか、心底どうでもいいような会話。


 でも、確かに法華は珍しい。

 折角なので、会話に入ってみるか。同級生だし。


「ひょっとして、真夜さんって昔、サッダルマ・プンダリーカ・スートラってあだ名だったんじゃない?」


 四人が一斉に、こっちを向く。


 何も言わない。


「ほら、法華宗の法華は『正しい法の白い蓮華の経典』って意味のサッダルマ・プンダリーカ・スートラの漢訳でしょ」


 あれ?

 結構な声量で言ったつもりだけど、聞こえてないのかな。


「それより龍野、カクテルとか作れる?」


 無かった事にされた。

 まあ、俺の高尚なボケに気付けないのは仕方ない。


「大体はいけると思う」


 マスターはカクテル作りを趣味にしていて、必要な物をたくさん置いて行ってくれていた。あと、分からなくてもスマホでレシピは調べられる。


 上木がジンライム、多田見がスクリュードライバー、瑠果がレッドアイ、そして、アルコールが全くダメな真夜には、ノンアルコールのブラッディメアリーを作る。


 みんな、俺のカクテルに不満は無いようで、ワイワイガヤガヤと楽しんでいる。ホッと一安心。


 再び、会話が聞こえてくる。


「そう言えば、この町内で連続放火事件あったらしいな」


「連続って、まだ二件だけどね」


「早く捕まってほしいねー」



 マスターも「用心しなきゃ」って、笑いながら言ってたな。


 一軒目が『安倍珠算あべしゅざん教室』で、二軒目が『伊東ベーカリー』か。


 これ、頭の文字が『あ』『い』って、来てるな。

 となれば、次は『う』かな。『う』が付く店どこかで見たような気がするけど。


 まず偶然だと思うけどね。

 でも、『う』が来たら、あいうえお連続放火事件確定だな。


『え』の店で張り込みして解決したら、一気に探偵としての評判が上がる。


 そんな事を考えながら、厨房の床に七輪を置いて、こっそりと自分用のぼんじりを焼き始める。


 そろそろ焼き上がりかなと思った時に、後から声を掛けられて、ビクッとなった。


「真夜がトイレから出てこないんだよ」


 上木が心配そうな声で言う。他の二人も遅れてやって来た。


 誰かがトイレに入ったような気はしていたが。

 ここのトイレは、外からでも鍵を開けられるので、鍵を持ってくる。一応、密室か。


 扉を開ける。


 中で扉にもたれ掛かっていたのか、トイレから吐き出される様に、真夜がぬらっと出てきた。


 口から赤い血の吐瀉物としゃぶつ

 そして、脇には大事そうに招き猫を抱えている。トイレに飾ってあった物だ。


 手首で脈を確認。

 反応なし、これは間違いなく死んでいる。


 上木にも、吐瀉物に近付かないように促し、確認してもらった。

 毒殺の可能性が高く、青酸化合物が胃液に反応していると危険だからだ。


「マジかよ……、脈が無い」


 上木は絶句してしまう。



 こんな雰囲気の時にどうかと思うが、分かってしまったものは仕方ない。


「この毒殺事件の謎、二頭龍探偵の龍野士竜が、四つの竜眼で見通しつかまつそうろう!」


 三人が同時に俺を睨み付ける。

 まあ、分かる分かる。そろりと三人に名刺を渡す。


 多田見が口を開く。


「お前、探偵だったのか。二頭龍って」


「名前に龍と竜の二つの龍が入ってるでしょ」


「分からん」


 全員、首を傾げている。

 そんな分かんないもんっすかね。


「龍野くん、下の名前モグラだったんだ。初めて知ったよ」


 シリュウだけどね。もう説明しない。

 瑠果がこの場を少しでも和らげようとした冗談だと思いたい。


「このパーティーをするにあたって、君たちの事は少し調べさせてもらった」


 上木は製薬会社勤務。

 瑠果は看護師。

 多田見は実家がメッキ工場。


「みんな青酸化合物を手に入れられる」


多田見が言う。


「俺たちを疑ってるのか」と上木。


 怒りを隠そうともしない。


「可能性の問題だ」


 俺は三人を見回す。


「抱えてた招き猫はダイイングメッセージって事なの? じゃあ、唯一猫を飼ってる輝岳が犯人?」


「いや、俺の」と言いかけた多田見を制す。


「綾間さん、それは違う。多田見の実家の工場は、とっくに廃業してる。青酸化合物入手は困難だ」


 多田見はうなずく。


「じゃあ、招き猫は」


「倒れる際に、咄嗟に掴んだだけだろう」と上木が言う。


「その通り。だが、他にも言うべき言葉があるだろう」


「何の事だ」


「上木。お前は浮気をしている!」


 上木の体がビクッとなる。

 俺がぼんじり焼いてるのバレた時以上だ。


 焼き鳥屋の不倫現場を押えに行ったホテルで、たまたま上木を見たのだ。相手は確実に真夜ではなかった。


 さらに爆弾投下。


「そして、その浮気相手こそ綾間さん。犯人は上木と綾間さんの二人だ!」


 全員、絶句。



 ん?


 何か焦げ臭い?


「おい! 煙出てるぞ!」


「え、連続放火魔なの?」


 そこで気づく。


 一軒目、安倍珠算教室。

 そろばんは英語で『abacus』

 二軒目、伊東ベーカリー。

 パン屋『bakery』


 そして、三軒目も『う』ではなく『c』

 喫茶店『coffee shop』



 あいうえお連続放火事件じゃなく、abc連続放火事件だった!


「みんな逃げろ! 焼き殺されるぞ!」


 慌てて店の外に飛び出して、二軒隣くらいのところで様子を伺う。まだ近くに放火魔がいるかもしれない。


 まずは生存確認。


 えー、俺、で二、三、四……、五?



「ゴォォォーッ!?」



「モグラ大きな声……って、真夜、生きてる!!」


「当たり前じゃん、志太」


「でも、脈が……」


 真夜は不思議そうに首を傾げる。


 脇に物を挟むと脈が取れない場合がある。招き猫きっちり挟んでた。


 で、ブラッディメアリー。

 思い出したけど、こっそりとぼんじり焼く事ばっかり考えてて、炭酸水入れる所を、普通にウォッカ入れちゃてたな。


 だから、トイレで倒れて吐いちゃって。


「おい、モグラ。俺たちが犯人って話、どうなるんだ」


 ヤバい。上木めちゃキレてる。


「か、もしくは……、か、もしくは!」


「は?」


「お、俺は二頭の龍の四つの竜眼で謎を解く探偵。自ずと導き出される答えは二つ。二答流だ!」


 殴られる前に素早く考えろ。


 店から煙が出たのは?

 真夜以外の三人の顔、心なしか眠そうだ。

 真夜は本当に飲めないのか?


「真夜さんは、上木たちが浮気しているのを知っていた。で、死んだふりをして店ごと燃やしてしまおうと考えた」


 続ける。


「真夜さん、貴女が連続放火魔だね? 旧姓、法華ほっけ真夜まよ。『放火魔よ』と読める」


「いや、そんな訳ないじゃん」


 やっぱ、強引ですよねー。


「で、志太、浮気って?」


「る、瑠果とはしてないぞ」


「とは、って事は、他とはしてるのね」


 上木が固まった。


 と思ったら、おもむろに指差す。


「あいつ、怪しい!」


 バレバレの誤魔化しかと思ったら、焦げ臭い?


 え、本物の放火魔?



 怪しい男が駆け出す。


 元ラグビー部快速ウイング上木がダッシュ&タックル。


 火は無事鎮火。



 建物を見上げる。

 看板には『宇野クリーニング店』


 おー、『あいうえお』と『abc』の合わせ技だ。犯人やりおるのー。


 これ先に見破ってたら、かなりヤバいやつだったのに。残念。




 ちなみに、七輪の上で丸焦げになったぼんじりに気付くのは、もう少し後だし、上木たちが、あの後どうなったのかは、知る必要もない。



 二頭龍探偵の龍野士竜、『喫茶 猫の手』を借りた同級生の猫の手を借り、連続放火魔を捕縛!  遂に初勝利……なのか?

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