ゼオンの手は借りるな!!

南山之寿

小さな親切は破滅的なお世話

「おっ! カリフ、水くさいじゃないか! 俺も研究室の移動を手伝うぞ」

「あっ! え? あれ? ゼオン君、今日は皆で遺跡調査に行くんじゃなかったんすか? だから、声をかけなかったんすよ! いやぁ、休みならお言葉に甘えて、お願いするっす!」

「ははは! 寝坊したら、置いていかれたんだ! 休みじゃないぞ」

 

 カリフは、満面の笑みでお願いすることにした。遺跡調査で忙しそうだから、声をかけなかったわけではない。研究室の生徒に手伝わせたら、面倒なことになる。そう思って、声をかけなかった。特に、目の前にいる生徒。ゼオンにだけは、手伝わせたくなかった。カリフは、わざわざ皆が遺跡調査に行く日を選んだ。猫の手も借りたいくらい、多忙極まるのは目に見えたが、単独作業を選び実行していた。そこに、ゼオンが現れた。カリフは、涙をこらえていた。天に見放された……。

 

 王立魔術研究府 アカデミア獅子のたてがみ。魔術士が集う学園で、カリフは教授として教鞭を執っている。考古学を専攻としており、遺跡調査や古文書・文献の解読などが専門だ。カリフが受け持つ四人の生徒、そのうちの一人が目の前にいるゼオンだ。戦闘能力でいえば、この王立魔術研究府 アカデミア獅子のたてがみで最強といっても過言ではない。カリフは贔屓目なしに、そう考えている。ただ、行動倫理はおかしい。基本的に、楽しければそれで良しとし、倫理観や後先を考えた行動はしていない。鋭いようで、どこか抜けている。そんな生徒であるが、どこか憎めない。真っ直ぐて自分の信念を曲げないところが、カリフは気に入っている。


「この木箱を運べばいいんだな?」

「そうっす。木箱を運び出せば終りっす。後は、新しい研究室で、荷物を解梱すれば終りっす!」

「良い木箱だな! 俺の部屋の荷物入れに一つ欲しいな」

「運び終わったら、お礼にその木箱はあげるっす!」


 研究室の生徒が増えたこともあり、今の部屋は手狭になっていた。事務局と交渉の末、カリフはやや広めの部屋を手に入れた。新しい研究室の模様をどうするか。カリフは、色々と楽しみにしていた。


「カリフ教授! 教授会、忘れてます? 時間ですよ」

「しまったっす!」


 カリフは他の教授に言われて、教授会のことを思い出した。意味の無い会議。何かを決定するでもなく、ただただ現状報告だけをする会議。カリフは、無駄だなと感じでおり好きではなかった。仕事だから、否応なしに参加しているに過ぎない。


「木箱を運ぶだけだろ? 後は、俺がやっておくから、まかせろ!」

「え? ま、任せたっす……」


 いやいや。ゼオンだからこそ、任せられないのだが。教授会もいつも通り、早く終わるだろう。木箱の運搬だけなら問題あるまいと考え、カリフはゼオンに任せることにした。無事に終わりますように。カリフは、天に祈った。



◇◇◇◇◇◇◇


  

 会議も終り、カリフは研究室に向かった。少し長引いたのは誤算だが、急げば間に合うだろう。まだ、木箱を運搬しているはずだ。ゼオンが何かをしでかす前に、研究室に着けば問題ない。


「遅かったな、カリフ!」

「いや〜、カリフ教授! 広い部屋はいいですね!」

「あれ? トラジェ君? ダリアさんに、ロイド君まで! どうしたんですか??」


 遺跡調査に行ったはずの生徒が、研究室にいたことにカリフは驚いていた。他にも二人、ダリアとロイドも。


「ロイド君が、帰らないとまずいって騒ぐから、調査を明日からに変更したわ。ゼオン君? 明日は寝坊しないでよね!」

「ゼオンさんを置いて行ったら、後で何されるかわかったもんじゃないですよ」

「安心しろ、ロイド! すでに置いていかれたからな! ははは!」


 静かな研究室は、嫌いだ。賑やかな研究室が、カリフの理想。これくらい、騒がしい方が調度良いかもしれないなと、カリフは感じていた。


「いや〜ゼオン君! それにしても、この葡萄酒は美味しいですね」

「いい葡萄酒だ! 五臓六腑に染み渡る旨さだろ!」


 ――あれあれ?


「ロイド君。このお菓子、王都で有名なパティシエが作っているのよ! 買うのに、長時間並ぶんだから

!」

「美味しいです! こんなに美味しいチョコに、焼菓子……食べたことがありません! くぅ~っ! 手伝ったかいがありますね」


 ――おやおや?


 目の前に広がる宴会場。菓子に、葡萄酒、その他諸々の食材。カリフが趣味で買い集めた葡萄酒。徹夜で並んで買った、人気の菓子。それらが、無惨に散らかっている。カリフは、目を疑っていた。頬をつねり、腿をつねるが目が覚めない。現実だ……。


「ちょっと待つっす! 人のモノを勝手にたべるのは、犯罪っすよ!! やめるっす! この部屋は、飲食……禁止っすぅぅぅぅぅぅ!!!」

「何を言っているんだカリフ? 運び終わったら木箱は、って言ったじゃないか? まさか、葡萄酒と菓子が入っているなんて。これは、引っ越し祝だろ、カリフ! 皆が揃ったから先に始めてたぞ」


 まさか、木箱欲しさに解梱作業までやるとは、カリフは思いもしなかった。他の生徒も手伝ったからなのか、意外ときれいである。


「この薄いガラスのグラス! 口当たりが最高だ!」


 ――パリッ


 大事にしていた、薄口ガラスのグラスが割れる音がカリフの耳にこだまする。ゼオンが、勢い余って握り潰していた。


「このチョコ、苦いし硬いけど、良い香りですね!」

「ちょっと、ロイド君? それ、珈琲豆よ? 顔、真赤じゃない!」


 大事にしていた、高級珈琲豆が噛み砕かれる音がカリフの耳にこだまする。ロイドが酔ったせいなのか、珈琲豆をチョコと勘違いし、噛み砕いて食べていた。


「だから……嫌だったんすぅぅぅぅぅ!!」


 カリフは、叫んだ。しかし叫び声は、天に届かない。騒がしい宴会に、飲み込まれた。


 


 









 


 

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