身代わり猫を貸す店
白里りこ
貸すっていうか借りさせる
一人旅で近くの観光地に赴いた先で、「猫の手貸し屋」というのがあったので入ってみた。
店内には一抱えもある大きくてカラフルな猫のぬいぐるみが三体だけ置いてあった。パッチワークみたいに色鮮やかな布が縫い合わされている。目の部分がやたらとギョロリとしていて可愛くない。何だこの店は。まあいいや出ようかなと思った矢先に店員に声をかけられた。
「それは身代わり猫のお守りですよ」
お婆さんだった。
「身代わり猫ですか」
「あなたは近い将来大きな危機に見舞われる。その時その猫が身代わりになってくれますよ」
「はあ」
胡散臭い婆さんだ。
「失礼します」
店を出るために引き戸を開けようとしたが開かない。いくらガタガタやっても開かない。
「大きな危機に見舞われる方をみすみすお帰しするわけには参りません」
お婆さんは言った。
「すみません、今まさに僕は危機に見舞われています。帰れないっていう危機に」
「うちの猫をお借りなさいな。そしたら出して差し上げます。お値段は何と六千円。命が助かると思えばびっくりするほど安いもんでしょう」
「すみません、買わされるまで出られない店なんて、これは新手の悪徳商法か何かですか? 無茶苦茶すぎて僕もびっくりです」
「誰が買わせると言いましたか。これは貸出料金です。猫は返していただきますからね」
「ますます訳が分からないな。こんな店二度と来ませんからどっちみち無理ですよ」
「借りろーっ。死にたいんか貴様ーっ」
お婆さんは猫を片手でグワシッと引っ掴むと、それで僕に体当たりをしてきた。僕は開かないガラス扉に頭をぶつけて倒れた。お婆さんが僕に馬乗りになって、猫で顔をぶん殴ってくる。
「借りろ! 借りろ! 借りるまで返さんぞ」
「やっやめろこのイカレババア! ブッフォ」
ひ弱な僕はすぐに降参した。大人しく六千円を手渡すと、赤と黄色と緑の猫のぬいぐるみを渡された。
「ではご武運を」
「もう沢山だ。これ以上の災難なんてあってたまるか」
散々な思いで引き戸を開けると今度はすんなり開いた。僕が店を一歩出ると、店そのものがかき消えてしまった。
「うわ」
後には巨大なぬいぐるみを抱えた僕だけが佇んでいた。
これどうやって返すんだ、と思ったが、もう出られただけでよしということにした。観光は切り上げてさっさと帰ろう。
小道を後にして大道路に出る。そこから電車の駅に向かおうと歩き出した。
道ゆく人がちらちらとこちらを見てくる。いい歳した男がへんてこりんな猫のぬいぐるみを抱っこしていたらそりゃあ不審に思われる。
はーあ何で僕がこんな目にと思った途端に僕が歩いている道にトラックが勢いよく突っ込んできた。僕も通行人も後ろの商店もグチャグチャになった。
と思ったら僕だけ瞬間移動したみたいにトラックの後ろに立っていた。身代わり猫は腕の中から消えていた。
事故現場からどでかいカラフルな猫が無傷で這い出してくるのが見えた。猫はギョロリとした目で僕のことをみて「にゃあ」と鳴くと、空中にぴょこんと飛び出して、フッと姿を消した。
その後事情聴取やら何やら色々あっただけで僕は無事だった。命が助かった。
ただやっぱりあの店は胡散臭いと思った。
だってあの店の中でドタバタやっていなかったら、僕はあの時間に事故現場にいなかったじゃないか。あの店に行かなかったら大きな危機なんていうやつも僕に降り掛からなかったはず。
つまり僕は無駄に六千円を巻き上げられただけということになる。
何にせよ珍しい体験だった。店が消えたり、ぬいぐるみが動いたり、変なものを沢山見る羽目になった。
あのお婆さんは今日もどこかに出店しては、誰かをとっ捕まえているかもしれない。願わくば二度と再び僕の前に現れないで欲しい。そのせいで大きな危機に見舞われたくもないし、六千円を無駄にしたくもないから。
おわり
身代わり猫を貸す店 白里りこ @Tomaten
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