自己中の代償
南雲 皋
絶対返すから
世の中にはたくさんのものがあって、欲しいもの全部は手に入らない。
そんなことは知っている。
だけど、可能な限りたくさんのものを手にしたいと思うのは人間だったら当然のことでしょ?
買えるものには限界があって、だからあたしは色んな物を他人から借りるのだ。
カバンとか、服とか、アクセとか、あんまり大きなものだとバレちゃうから、学校指定のカバンに入るサイズのものしか借りられないけど、それは我慢。
絶対返すから貸してね、と心の中で呟いて、色んなものを借りていた。
要領良く色んなものを借りるあたしが妬ましいのか、女子の友達はいつの間にかいなくなったけど、今は頼れる彼氏がいるから大丈夫。
そうは言っても、彼氏に頼りっぱなしも気が引ける。
だから学校一お金持ちのクラスメイトが風邪で休んだ日、あたしはプリントを届ける係を自ら引き受けた。
駅から学校に向かう途中にある豪邸に住んでいる女の子。
おうちの中はきっと、たくさんのもので溢れているに違いない。
あたしはウキウキしながら彼女の家を訪れた。
インターホンを押すと、お手伝いさんらしき人が出てくる。
あたしはさも彼女の親友みたいな演技をして、家の中に入れてもらうことができたのだった。
さらに運のいいことに、お手伝いさんはあたしに彼女の面倒を任せて帰ってしまった。
息子が保育園で待っているから、これ以上留守を預かることはできないのだと言っていた。
なんにせよ、あたし的には超ラッキーだ。
一応、彼女の部屋に行き、眠っているのを確認する。
白を基調としたナチュラルな部屋で、置かれている勉強机は高そうな木目調のものだった。
その上に預かったプリントを置き、ぐるりと部屋を見回した。
棚に几帳面に並べられたアクセサリー。さすがにここから借りるのはまずいかな。
棚の一番下の段に、木箱に雑多にまとめられたアクセサリーを見つけ、そこからいくつか気に入ったものを借りることにした。
ウォークインクローゼットの中にずらりと並ぶ服は、あたしの好みとは少し違ったから、借りないことにした。
リビングを通り過ぎようとしたとき、あるものが目について立ち止まる。
ゆったりとしたソファの隣に置いてあったのは、高級マッサージ機『猫の手』だった。
広告では何回も見たことがあるけど、実物を見るのは初めてだ。
個人に合わせた最上級の癒しを提供すると話題の『猫の手』は、さすがにカバンには入らない。
あたしはちらりと時計を見た。
まだ五時を少し過ぎたところ。彼女の両親が帰ってくるまでにはかなり時間があるはず。彼女も全く起きる気配がなかったし、少し借りるだけなら間に合うよね。
あたしはソファに腰掛け、『猫の手』を持ち上げた。
機械のUの字になっている部分を肩にかけると、繋がっているヘルメット部分が頭から目元からすっぽりと覆い隠す。
すると目の前に青空が広がった。自動で電源が入るものらしいが、めちゃくちゃびっくりした。
『サイズ調整を行います。しばらく動かないでください』
そう音声が流れ、緩かった肩や背中の部分がしっかりと固定される。
何か操作を求められるのかと思ったけど、そんなことはなく、ゆったりとした音楽が流れ始め、機械が動き出した。
「いた! いたたたた!」
マッサージが始まったのだが、どうにも力が強い。
個人に合わせた最上級の癒しはどうした。これじゃあ拷問だ。
あたしは『猫の手』を外そうとした。
けれど、あたしの体にピッタリとフィットした『猫の手』はびくともしない。
電源を落とそうと思っても、何をしたらいいのか分からない。
コンセントに繋がっているわけではなかったし、どこを触ってもボタンのようなものはなかった。
「せ、設定! メニュー画面! 設定変更! 電源オフ! シャットダウン!」
思いつく限りの言葉を並べても、『猫の手』は止まらなかった。
ますます強く、あたしの体をごりごりと攻撃するばかり。
「やめて! とまってよ! ストップ! 誰か! 誰か助けて!」
あたしの声は誰に届くこともなく、八時過ぎに彼女の母親が帰宅するまで、『猫の手』は止まらなかった。
肩も背中も内出血だらけになり、頭が割れるように痛む。少しも動けなくなったあたしは、泣き喚くことしかできなかった。
カバンから借りたアクセサリーも見えていて、呼び出されたらしいあたしのママが真っ青な顔をして必死に謝っている。
「アンタも謝りなさい!」
「ごめんなさぁい」
ママが頭を叩いて、全身が爆発するんじゃないかってくらいの痛みがあたしを襲う。
言われなくたって、もう『猫の手』は借りないよ。
やっぱりカバンに入るサイズのものだけ、借りるべきだったんだ。
あたしは反省しながら、気を失った。
自己中の代償 南雲 皋 @nagumo-satsuki
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