経験不問、制服貸与

kanegon

経験不問、制服貸与

 ハローワークで見つけた求ジンは、学歴不問、経験不問、制服貸与のサンタクロースだった。

 正社員ではなく臨時社員だけど。雪もちらつく寒い季節になり懐も寒いから、ハードな仕事も仕方ないわ、と割り切り、応募した。

 履歴書の職歴欄には、夏にやった季節雇用の仕事と、秋に高校の文化祭で手伝ったことを書いた。付着写真は、耳の形がきれいに写っていて目がぱっちりの、とびっきり美人で才色兼備っぽいのを選んだ。


◇◇◇◇


 雪の夜に鈴の音だけが響き、静寂を引き立てる。雪国では珍しくないホワイトクリスマス。

 サンタの服を着るのは初体験。耳が隠れる程の大きな帽子を被り、雪のように白い付けヒゲを装着し、赤い服をまとい大きな袋を担ぐ。下がミニスカートに素足というのが、少し寒くて大変だ……

 既に数件プレゼントを配り終え、次は、もう冬休みの高校だった。

 校門は施錠されていたが、貸与された「サンタクロースフリーパス」というカードを翳すと、鍵は開く。これがサンタの神出鬼没の秘密だ。

 野球部部室、と伝票で指定されている。

 幾度も来たことがある高校なので、敷地の勝手は知っている。新雪に足跡を残しながらグラウンドの裏手に行くと、野球部と書かれた看板のかかった古びた小屋があった。私は夜目が利くので、明かりは無くてもバッチリ読める。フリーパスを翳すと南京錠が開いた。

「うわっ、くさいよぅ……」

 部室内には汗臭さとカビ臭さがブレンドされたニオイが充満していた。冬でさえコレなのだから、真夏の炎天下における臭気のサツジン度は……

 臨時社員はツライ。正社員になって自社に常駐でお仕事したい……

 伝票を確認し、袋から品物を出してみて、納得した。

「だからコレがプレゼントなのね……」

 野球部の女子マネージャーが梅の花が好きなのだそうだ。淡いピンク色の小さな香り袋を、マネージャーの名前が書かれたロッカーの取っ手に引っかけた。

「春美さんに小さな幸せが訪れますように……」


◇◇◇◇


 次は、今の高校の野球部員、矢川大陸くんの家だ。普通の人間の足だと徒歩二〇分くらいかかる距離だったが、裏道を使いショートカットしたので、すぐに到着できた。

 一階が写真屋さん、二階が住宅になっている。フリーパスで勝手口の鍵を開け、階段を昇る。突き当たりの右側の和室が、大陸くんの部屋だ。

 足の踏み場も無いくらい物が散らかっている室内の真ん中に、布団が敷かれている。大陸くんは寝返りをうっているのか、坊主頭がもぞもぞ動いていたが、やがて静かになった。

 障害物を踏まないよう、そっと枕元に近付く……

 パシャッ!

 音と同時に閃光。思わずのけぞり、「ひっ」と悲鳴をあげてしまった。首にかけている鈴も鳴った。

「サンタクロースの写真、ゲット!」

 大陸くんは寝転がったままデジタルカメラを構えていた。足音は忍ばせたけど、鈴の音で気付かれたのか。

「……あっ! サンタさん、夏休みに学校にいたメイドのお化けでしょ? 肝試しの時に見ました。春美も見たって言ってましたし」

 夏は季節雇用で、白と黒のメイド服を着てお化けに扮する仕事をしていた。でも今は帽子も付けヒゲもあるのに、何故私と分かったのだろう?

「文化祭の時にもお化け屋敷で猫娘をやってましたよね」

「どうして分かるの?」

「白黒シマシマの尻尾。見覚えありますから」

「あっ……」

 私のチャームポイント、長い尻尾がミニスカに入りきらずに出ている。

「まさか尻尾と同じ柄のシマシマパンツをはいているとは思いませんでした」

「きゃっ!」

 慌ててミニスカの裾を押さえたが、大陸くんはデジカメの画面を見てニヤニヤしている。

 伝票を見ると、写真屋の息子である大陸くんへの贈り物は「最初の一枚だけ写真を撮らせてあげること」だった。

 ううっ……これでは、パンチラ写真を消して、と頼めない……

 まだプレゼントを配る先は一杯ある。気を取り直して頑張らなくては。

「大陸くんにも小さな幸せがありますように……」

「じゃあ、サンタさんにも大きな幸せがあるように……」


◇◇◇◇


 サンタになり、絵馬に書かれた願い先にささやかな幸福を運ぶ仕事は無事完了した。

 クリスマスが終わったら、お正月だ。

 初詣での繁忙時期に、大きい神社で巫女さんのアルバイトという求ジンが来ていた。学歴不問、経験不問、制服貸与だ。

 私が巫女のバイトというのも変な話だが、やむを得ない。本来キリスト教のサンタの仕事だってやるくらいだ。

 八百万の神が住む日本という島国は、神の数がインフレ気味だ。天照大神様やお稲荷様のような偉い神様は、立派な神社に祀られている正「社」員だからお賽銭や感謝の気持ちといった報酬も多いけど。私のような下っぱネコ神は、神用ハローワークで求神を選んでいられない。

 早くフリーター卒業宣言したい。正社員になって、自社で人間に小さな幸せを与えるお仕事をしたい……

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