1章あらすじ後編 視点ジェイド(約2,200文字)



歩き続けたジェイド達を待ち受けていたのは、木に激突した車だった。フロント部分が潰れていて、運転席の扉は開いている。べっとりと血痕が残されているが、オルスタッドの遺体はなかった。


ヘルレアが周囲を探索すると、巨大な牛地味た頭を拾って来るのだが、それは綺士や使徒の頭であった。ヘルレアそのまま頭を打ち捨て、まだ呼ばわり続けるシャマシュを追うのだった。


シャマシュが血痕を辿り見つけたのは、内臓を食い散らかされた男の遺体だった。遺体には頭が無くジェイドは無念に思い探したが、ヘルレアに止められ、何故か今だ先を急かすシャマシュに続くしかなかった。


既に意味も判らずシャマシュを追っていたが、誘導された先に現れたのは村だった。そこでは人間が弄ばれ挽肉に変わっていた。この先の危険さを考えたヘルレアはジェイドへ唐突に別れを告げる。食い下がるジェイドにヘルレアは初めて暴力を振るったが、追い縋る彼をヘルレアは許した。


だが、もう考える限り先には何も無かった。


歩く事さえ無駄に感じ始めた頃、綺士が襲いかかって来た。以前の綺士よりも強いとヘルレアは判断していた。シャマシュが攻撃のつもりか、綺士の前に飛び出すと簡単に両断されたが、綺士の身体に染みのようなものが散った。


ヘルレアは掴み出した綺士の心臓に“黒い日輪”という文字――“綺紋きもん”という異能で“綺述きじゅつ”されたもの――を見出し、ヘルレア自身もシャマシュを介して異能を発動させて綺士を倒した。


ジェイドとヘルレアは穏やかに話せるようになっていた。冗談も言えるようになった。


そうした束の間に、ジェイドは視界の外れに黒百合が咲くのを見た。ヘルレアが見た事もない程緊張しているのが一瞬で判断出来た。ジェイドは本能で銃へ手を伸ばし――。


「――ヨルムンガンド」


ジェイドはその声で我に返った。


“ヨルムンガンド・アレクシエル”――通称クシエル。


ヘルレアの対である世界蛇。


クシエルは雄になっていた。つまり番は人間の女だ。


ヘルレアはクシエルへ立向かって行ったが、全く歯が立たなかった。これが幼蛇と成熟した世界蛇との違いだった。


クシエルは幼蛇のヘルレアに固執する事は無かった。そして、ジェイドを無視する事も無かった。交渉と言って綺士を呼ばわると、その腕には人間が抱えられていた。


その人間はオルスタッドだったのだ。


ジェイドはなんとかオルスタッドとの関係をクシエルへ知られないようにするものの、クシエルはジェイドを容易く脅した。


「……でないと、力尽くで奪うよ。少しづつ身体を千切っていったら、さぞかし苦しいだろうね」


その言葉がヘルレアを動かした。“綺紋官能の発露”

という状態に自らを置き、ヘルレアはまるでリミッターを外したかのようになってオルスタッドを取り戻し、彼を抱えていた綺士の心臓を遠く投げ捨てたのだ。


ジェイドとヘルレアはクシエルから逃げた。懸命に駆け続けなんとか脅威から離れようと、逃げ続ける。そうしているうちに人間のジェイドの足は鈍り動けなくなって来たうえ、オルスタッドの命が風前の灯火だという事を思い知った。


このままのではオルスタッドは死ぬ。ジェイドはヘリによる救命を頼らなければならないと判断したが、ヘリを呼び寄せる危険性に気付かないわけもなかった。


ジェイドはヘルレアだけ逃げろと言い募った。


だが、ヘルレアは――。


はなんとかしてやる」


ジェイドは無事にヘリを呼び寄せ、オルスタッドの救命が叶った。そうしてヘリは飛び立つも綺士がやはり襲いかかって来る。


ヘルレアは独りヘリから飛び降り、自ら放った言葉通りジェイド達を救ったのだった。


ジェイド一人、カイムの待つ館へ帰って来た。


オルスタッドの救命は叶ったものの、最も重要なはずのヘルレアが既に生きているのかも判らなくなっていた。


絶望するジェイドだったが、カイムは穏やかにこう告げた。


「ジェイドに責任はない。誰もヘルレアの意思を曲げられる人間などいない。王はジェイド達を救いたかったのだろう。それを誰が止められるという。それが王というものではないのか」


ヘルレアは幼くとも紛れもなく王なのだ。何者も寄せ付けず。従わず。意思を貫き。生死を下す。孤高の存在。それがヨルムンガンドとして生まれたヘルレアの本性だ。


人に死をもたらすのが死の王というだけではない。それは相反する生も与えるという事なのだ。


暗い執務室に兵士“チェスカル・マルクル”が現状報告に現れる。彼がもたらしたのは更なる絶望的な報告だった。


オルスタッドは脊髄損傷をしており、回復不能の障害を負っていたのだ。


もう室内は無言だった。


チェスカルが兵士達への報償金証書をカイムへ渡し、それに記述しようとした時、ノックの無い無遠慮な訪問者が現れた。


ヘルレアが何の気もなく堂々と、カイム達の前に現れたのだ。着ているものはボロボロだがヘルレアは相変わらず美しく、そしてどこか突き放した態度がいつもとなんら変わり無かった。


実は“綺述官能の発露”というものはヘルレアの綺紋能力を失わせる――一時的にか、恒久的にか――ものだったのだが、その王は全く調子の変化をカイム達へ見せなかった。


そしてヘルレアはカイムから、オルスタッドの報償金証書を奪い取ると、また何やら企んだように微笑む。


現状はけして明るいとは言えない。それでもヘルレアが居れば真の絶望に立ち止まる事は無いのだと、カイムは思うのだった。


それは、ジェイドとヘルレアが何気ない言葉を交わし合う姿を見て――。



2章へつづく――。






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new5/17《1章設定集》 死を恋う神に花束を【改訂版】白百合を携える 純黒なる死の天使 高坂八尋 @KosakaYahiro

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