モノ忘れ探偵とサトリ助手【猫の手】

沖綱真優

猫の手を借りた結果

「なぁ〜〜ご」

「うーん、可愛い声でちゅね〜」

「どちらかと言えば、ダミ声じゃあないですか」

「なんてこと……きっと心の綺麗なヒトにしか、マインちゃんの美声は響かない……んでちゅね〜」

「いくら子猫でも、赤ちゃん言葉は……君」


助手の中島健太の態度に呆れつつも、興信所所長の正木善次郎とて目尻が垂れ下がる己を自覚している。

可愛い。

確かに可愛いのだ。


マインちゃんは、健太の知り合いから借りてきた美猫だ。

青み掛かった灰色の短毛は滑らかで撫でごこち抜群、透明度の高い青緑の瞳はつぶらで魂を吸い込むほどだ。

物静かで利口、その彼女がなぁごと鳴けば、こちらも「なぁご」と応えざるを得ない。


「戯れるのもいいですがね。仕事ですよ」

「先生の方こそ、メロメロじゃないですか」

「かような造形をいかにして創り出したか、これはもう永遠の謎ですよ、君」


ふたりに交互に抱かれ、背を撫でられ、肉球をぷにぷにされて、疲れた青灰の仔猫は眠ってしまった。


「どうするんですか。君の楽しみのために借りたのではないのですよ」

「むしろ先生の方が……それほど猫好きとは知りませんでした」

「将を射んと欲すればまず猫を射よ、ですよ」

「まったく分かりません」

「さぁ、起きるまで、このグーニーズの付け方を復習です」





興信所、いわゆる私立探偵に舞い込む二大依頼といえば、浮気調査とペット探しだ。

今回、家から逃げ出した猫を探して欲しいと依頼が来て、数日方々足を棒に探し歩き発見、が、惜しくも逃げられ、策を練った。


「猫の道はネコです」


蛇の道は蛇らしいことわざをダシに、猫好きだけれど飼えないふたりは、依頼解決のためという理由も忘れて、いわゆる借りてきた猫を地で行く賢い猫を堪能していた。


「一日しか借りられない……切ないです」

「無慈悲というやつです」


嘆きつつ、すやすや眠る子猫をチラ見チラ見、ハーネスの説明書など頭に入らない。

いよいよ夕刻となり、「くぁあ」と小さな牙を剥きだして欠伸とともに彼女は起床する。


「さぁ、マインちゃん、お願いしますよ」


散歩が大好きなマインちゃんにハーネスを装着し、飼い主に教わったルートを歩く。

美猫マインちゃんが歩けば、野良は近づき、家猫は窓辺に寄り、なぁごなぁごの大合唱。


「来ましたっ」

「頼みますよっ」


逃げ出したオス猫ケンタは、モテ猫マインちゃんにお近づきになりたい……気持ちはよく分かる、健太は心の底から叫びたいほどに理解している。


「なぁご」

「なぁあぁぁごん」


ケンタが近づく。

キャリーケースを開けて、正木探偵が猫に寄り、


「跳んだ!?」


しゃがんだ正木を飛び越そうと跳ねたケンタは、勢いが足りなかったのか、名前に違わずちと鈍臭かったのか、正木の頭を掠り。

被り物に絡み付いて、にぁーご、お縄となる。





翌日、マインちゃんはキャリーケースに戻らなかなった。

お気に入りの場所から動かず、なぁーご、首を振った。


「ちょうど良い気もしますけど。先生、なんとかしてもらえませんか」


猫のケンタにぐちゃめちゃにされた頭髪のあった場所、つるりと剃り上げられたその場所が余程お気に召したようすで、ぺたり貼り付き動かない。


「猫の毛も借りたいとはこの事ですね」


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