モノ忘れ探偵とサトリ助手【猫の手】
沖綱真優
猫の手を借りた結果
「なぁ〜〜ご」
「うーん、可愛い声でちゅね〜」
「どちらかと言えば、ダミ声じゃあないですか」
「なんてこと……きっと心の綺麗なヒトにしか、マインちゃんの美声は響かない……んでちゅね〜」
「いくら子猫でも、赤ちゃん言葉は……君」
助手の中島健太の態度に呆れつつも、興信所所長の正木善次郎とて目尻が垂れ下がる己を自覚している。
可愛い。
確かに可愛いのだ。
マインちゃんは、健太の知り合いから借りてきた美猫だ。
青み掛かった灰色の短毛は滑らかで撫でごこち抜群、透明度の高い青緑の瞳はつぶらで魂を吸い込むほどだ。
物静かで利口、その彼女がなぁごと鳴けば、こちらも「なぁご」と応えざるを得ない。
「戯れるのもいいですがね。仕事ですよ」
「先生の方こそ、メロメロじゃないですか」
「かような造形をいかにして創り出したか、これはもう永遠の謎ですよ、君」
ふたりに交互に抱かれ、背を撫でられ、肉球をぷにぷにされて、疲れた青灰の仔猫は眠ってしまった。
「どうするんですか。君の楽しみのために借りたのではないのですよ」
「むしろ先生の方が……それほど猫好きとは知りませんでした」
「将を射んと欲すればまず猫を射よ、ですよ」
「まったく分かりません」
「さぁ、起きるまで、このグーニーズの付け方を復習です」
*
興信所、いわゆる私立探偵に舞い込む二大依頼といえば、浮気調査とペット探しだ。
今回、家から逃げ出した猫を探して欲しいと依頼が来て、数日方々足を棒に探し歩き発見、が、惜しくも逃げられ、策を練った。
「猫の道はネコです」
蛇の道は蛇らしいことわざをダシに、猫好きだけれど飼えないふたりは、依頼解決のためという理由も忘れて、いわゆる借りてきた猫を地で行く賢い猫を堪能していた。
「一日しか借りられない……切ないです」
「無慈悲というやつです」
嘆きつつ、すやすや眠る子猫をチラ見チラ見、ハーネスの説明書など頭に入らない。
いよいよ夕刻となり、「くぁあ」と小さな牙を剥きだして欠伸とともに彼女は起床する。
「さぁ、マインちゃん、お願いしますよ」
散歩が大好きなマインちゃんにハーネスを装着し、飼い主に教わったルートを歩く。
美猫マインちゃんが歩けば、野良は近づき、家猫は窓辺に寄り、なぁごなぁごの大合唱。
「来ましたっ」
「頼みますよっ」
逃げ出したオス猫ケンタは、モテ猫マインちゃんにお近づきになりたい……気持ちはよく分かる、健太は心の底から叫びたいほどに理解している。
「なぁご」
「なぁあぁぁごん」
ケンタが近づく。
キャリーケースを開けて、正木探偵が猫に寄り、
「跳んだ!?」
しゃがんだ正木を飛び越そうと跳ねたケンタは、勢いが足りなかったのか、名前に違わずちと鈍臭かったのか、正木の頭を掠り。
被り物に絡み付いて、にぁーご、お縄となる。
*
翌日、マインちゃんはキャリーケースに戻らなかなった。
お気に入りの場所から動かず、なぁーご、首を振った。
「ちょうど良い気もしますけど。先生、なんとかしてもらえませんか」
猫のケンタにぐちゃめちゃにされた頭髪のあった場所、つるりと剃り上げられたその場所が余程お気に召したようすで、ぺたり貼り付き動かない。
「猫の毛も借りたいとはこの事ですね」
モノ忘れ探偵とサトリ助手【猫の手】 沖綱真優 @Jaiko_3515
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