(おまけ) 老猫

 にゃあおん、お姫様の膝に乗って甘えるように鳴いているのはくりやの者たちが魚をやっている猫の一匹だ。普通厨の猫たちは厨から離れている奥まで入ってくることはないのだがこの年寄りの三毛だけはそこかしこに居る女中たちの目をすり抜けてひょうひょうとやって来る。それを姫様の方も喜んでいるようでこっそり鰹節をやってかわいがっているのだった。しかしいかに身軽な猫と言っても寄る年には勝てぬようで今日は5匹もの小鬼をその茶と黒の模様の入った毛皮の上に乗せていた。

「おい、そこの猫…」

 祓ってやろうか、と言おうとしたがおい、と言った時点で猫は脱兎の勢いで姫様の膝を飛び降り逃げていってしまった。

「逃げてしまいましたね。申し訳ありません。昔から動物には好かれないもので」

「構いませんよ。死にまつわることならそなたにも見えますものね」

 顔を見ると姫様は静かに泣いていた。

 まさか泣いているとは思わなかった。

「猫は死ぬとき姿を消すそうですからお気になさらず」

「お邪魔いたしました」

 あぁあの猫はもう死ぬのか。そう思ったら最後の語らいを邪魔してしまったことに罪悪感がわいてきてしまってもう一度謝罪を入れた。それを見た姫様は皮肉を言うでもなく乾を手招く。

「こちらへ」

 乾がそばに寄ると姫様は猫にやっていた鰹節の残りが入った袋を押し付けた。押された拍子に袋から空気が押し出されてふわりとこうばしい香りが漂う。

「私は猫ではないので鰹節は食べませんよ。…あの三毛の友達厨の猫たちにでもやりましょうか」

「そうね、それがいいわ。お願いね」

 姫様はふふっと涙を流しながらも笑みを浮かべる。珍しく含みのないその笑みは反って痛々しく感じた。

 

 死の気配をたどると使われなくなった古い鶏小屋の中で小鬼たちが塊になって騒いでいた。それをちょいちょいと手で払ってやると愛らしい三毛猫の顔が表れる。生憎ともう息は止まっていたがその口元にもらってきた鰹節を一つまみ供え手を合わせる。するとその周りだけ小鬼のいない空白地帯ができた。

「にゃあお」

 頭を撫でるとまだ生ぬるい体温が残っている。徐々に失われていくその体温を惜しむように乾はその頭を撫で続けた。

 

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猫は猫でも其れは化け猫 ユラカモマ @yura8812

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