その写真、使って大丈夫ですか?

@aqualord

第1話

「ちょっとみんな集まってくれ。」


専務に呼ばれていた課長が戻ってきていきなり大声を出した。

みると血相が変わっている。


「どうしたんです?」

「みんな集まってから言うから。太田はどうした?」


たしかに、しばしば行方をくらます太田くんが見当たらない。

ただ、どこにいるかはみんな知っている。タバコだろう。


「中田、すぐに呼んできてくれ。」


新入社員の中田くんがとんでいった。


課長の周りに集まったうちの課の7人が不安そうな顔をしている。


「すみません課長、ちょっと。」


太田くんが中田くんに連れられて戻ってきた。

課長は何かいいわけを始めようとした太田くんをにらみ付けて黙らせた。


皆の緊張が高まる。


「去年、取引先様用に、カレンダーを作っただろう。」


課長の言うとおり、取引先様への挨拶回りの時にお渡しするカレンダーを作った。

たしかデザインは猫だ。猫嫌いだとわかっている取引先には犬のカレンダーも作ったはずだ。


「憶えています。かわいいカレンダーをありがとう、と好評でした。」


猫好きの深見くんが顔をほころばせながら言った。

そうだ。たしかにかわいい写真が目白押しだった。

写真は社員から募集され、採用された写真を撮った者には金一封が出たはずだ。

この来年のカレンダー用写真の社内募集は、ある意味うちの社の年末の恒例行事だ。


「そのカレンダーの写真だが、1点、ネットからの盗用があったそうだ。」


「ええーっ!」


みんなが驚いて声を上げた。応募要項にも自分か家族が撮った写真に限るというのがあったはずなのに。


「それがばれて、会社に抗議と申し入れがあったそうだ。」

「どの写真ですか?」

「憶えているか、レンゲの花に止まっている蝶に猫の手が伸びている写真だ。」

「憶えています。緑の野原に咲いている薄紫のレンゲの花に黄色の蝶々がとまって、そこに白い猫の手が伸びているっていう鮮やかな写真でした。」


答えたのはやはり深見くんだ。


「でもあの写真、素人がとったにしては、すごく上手いと思った記憶があります。」


太田くんも、本当にそう思ったのか話しを合わせたのかわからないが、記憶があるようだ。


「それが、プロの写真家の方がサイトに載せていたものを盗用したらしくて、応募した者も盗用を認めたそうだ。」

「大変じゃないですか。」


私もつい声を上げてしまった。


「そうなんだ。それを見つけた写真家本人から、カレンダーの回収をしろと申し入れがあったそうだ。」

「え、もう5月ですよ。あの写真は4月のでしたから、もう破られてしまっていると思います。」


深見くんはいつに無く詳しい。もしかすると、1本自分用に持って帰ったのかも知れない。


「そうなんだ。多分どこかでうちのカレンダーが飾られてたのを最近見つけたんだろう。」

「4月の写真ですから、つじつまは合いますね。でも、もう少し早く言ってくれていれば。」


係長の灘さんがいつもの困った顔をしながらぼやいた。


「いや、申し入れは4月中にあったらしい。ただ、張本人が連休中に連絡に出なかったそうで真偽の確認がずれ込んでしまったということだ。」


課長も不満顔を隠しもせずに吐き捨てた。


「それで、どうなったんですか?」

「写真家の人が怒った。」


みんなの顔に「そりゃそうだろう」、という表情が浮かんだ。


「とにかく、回収しろの一点張りで、どうしようもないらしい。そこで、犬のカレンダーをすぐに印刷してもらうので、差し替えに取引先様に回ってくれという指示が上から来たんだ。」


「あのー。」


太田くんが手を上げた。


「なんだ?」


課長が険しい顔で大田くんをにらんだ。


「写真家の方ということは写真を売ってる方なわけですよね。」

「そうだろうな。」

「だったら、その写真を買ったらどうです?」

「何?」

「ですから、その写真家の方から写真を印刷して配布する権利付きで買ったらどうですか?」

「そんなこと…たしかにそうだな。いや、そんなこと既に提案してるだろ。」

「そうでしょうが、慌てていて気がついてないかもしれません。それに写真家の方の怒りのせいで切り出せていないかもしれませんよ。」

「君なら出来るとでもいうのか。」

「破られたカレンダーを回収するよりは向いているかと思います。」

「わかった。では専務に提案してくるからついてきてくれ。」


でた。押しの太田!

こういうときに頼りになるから、太田くんはタバコを吸いに行ってもあまり咎める人がいないのだ。


後で聞いた話だが、太田くんは、写真家の方を接待用に使っていた少しいいお店に連れて行って、三次会くらいで意気投合した結果、写真を喜んで売ってくれることになったそうだ。

写真家の方から、つき合いのある新規顧客の紹介もかなりの数あったらしい。


そういえば、あの写真に写っていた猫の手は招き猫の手の形に似ていた。



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