アントンの猫(世界平和に向けて、その⑨)

月猫

戦禍の猫。

「なぁ、アントン。爆弾犬って知ってるか?」

 ドミトロが、アントンの愛猫・黒猫ミールの顎を撫でながら聞いてきた。


「なに、それ?」

 お菓子を口に頬張りながら、きょとんとした目でアントンはドミトロを見た。


「第二次世界大戦でさ、犬の背中に爆薬をつけて敵の戦車の下に潜り込ませ爆発させたらしいよ。犬って賢いからさ、戦車の下に潜り込む訓練をされちゃうんだよね。まぁ、でも戦車の音を怖がって自陣に戻って爆発とか失敗例も多かったらしいけど。それでも、相当の犬が死んだらしい」


「なんだよ、その話。動物虐待じゃないか!!!」

 動物好きのアントンは、憤慨した。口から、お菓子がこぼれ落ちる。


「アントン、汚いなぁ」

「お前が、そんな怖い話するからだよ!」

「悪い悪い。でもさ、ひどい話だよな。戦争ってのは、頭のおかしな人間が引き起こすんだろうな。俺なら、絶対にそんなことできない」

 ドミトロが、ミールをぎゅっと抱きしめる。


「俺だって、できないよ!」

 アントンはそう言うと、ドミトロからミールを奪い取りぎゅっと抱きしめた。

「ミールちゃん、猫で良かったねぇ。お前の背中に爆弾なんて絶対に付けさせたりしないからね。たとえ、世界が滅ぼうとも!」


「お前、ミールにメロメロだなぁ」

「当たり前だろ! 俺の車のエンジンルームに潜り込んで、ミャーミャー鳴いていたこんなに小さな頃から飼い始めたんだぞ。母親代わりにミルクをやって育てたんだ。それから、5年。こんなに貫禄のある猫に育つと思わなかったけどな……」


 少しぽっちゃり気味のミールを、愛おしそうに抱きしめる。


「なぁ、アントン。ミールだけ連れて、安全な場所に逃げるつもりはないのか? もうすぐここも戦場となるぞ」

「……保護している猫たちを置いて、ミールだけ連れて逃げるなんてできない。俺の命と猫の命、重さは一緒だ。保護している猫全員を連れて逃げられないなら、俺はここに残る」


 アントンは、野良猫の保護活動をしていた。今、ミールの他に22匹の猫を保護している。


「一人で、保護猫の世話までするのは無理だよ」

「かもな……。その時は、猫(ミール)の手を借りるさ」

 アントンはにやりと笑った。


 数日後ライフラインが止まり、外出禁止令が出された。ひっきりなしに警報が鳴り響き、近くの建物が空爆されている。

 敵の戦車が街中を走り、先週とは違う世界へと変わった。


 アントンは、保護猫たちを自由にした。建物の中で保護しておく方が危険だからだ。ただ、餌と水は常に用意していた。


 ミールは、アントンと共に暮らしている。

 不思議なことに、ミールはアントンの身に危険が迫ることを察知できるようだった。食料の配給を受け取るために外出する際には、敵の攻撃を受けない道を案内してくれる。

 それだけじゃない。食料や水を、どこからか口に咥えて運んでくるのだ。おかげで、保護猫たちの餌を手配するのにあまり苦労しなかった。


 アントンはこの戦場で、猫(ミール)の手を借りて暮らしている。結果、危険を避けて生き続けることができている。



~~~~~~~~~~~


 ラファエルが、瓦礫の中で食べ物を探しているミールを抱き上げた。

「ミール。お前は、優しい子だね。食べ物ならここにある。ほら、これを持っておいき。アントンのこと頼んだよ」


 ラファエルの言葉に応えるように、「みゃー」と返事をする。


 ミールはクッキーの入った袋を口に咥え、アントンの元へ急いだ。 

 

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アントンの猫(世界平和に向けて、その⑨) 月猫 @tukitohositoneko

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