エルメアーナの鍛冶屋  パワードスーツ ガイファント外伝 〜借りた猫の手は、誤解から新たな仕事を生んだ。〜 KAC20229

逢明日いずな

第1話 エルメアーナの憂鬱


 エルメアーナは、受注の多さに辟易していた。


 ジューネスティーンの剣の作り方を聞き、剣を作る手伝いをする代わりに、剣の技術を伝授してもらい販売した。


 その剣の斬れ味の鋭さが評判を呼び、受注が殺到したのだ。


 最初は、男性冒険者だったので、店に入った瞬間に追い返していたが、その後、女性冒険者を介して注文する客が増えていた。


 流石に、鍛治と接客とで、酷く疲れていた。


 少し前まで、閑古鳥が鳴いていたとは思えない程だ。


 店番に出るのだが、疲れは隠せず、カウンターに顎を乗せて、ぐったりしていた。


「最近、大変そうね」


 店に入ってくるなり、ヒュェルリーンは言う。


「ヒェルゥ。 私は、男の接客ができない。 店に入られるのもダメだ。 でも、最近は、女冒険者が、注文を持ってくるんだ。 パーティー全員の剣だとか、とても多い。 生産が追いつかないんだ」


「そうね。 それだと、エルメアーナには、接客は無理ね」


 すると、もう1人、女性が店に入ってきた。


「アイカ」


 ヒュェルリーンは、後から来た女性を呼んだ。


「エルメアーナ。 今日から、アイカが、接客を担当させるわ。 あなたに任せておいたら、剣を打てないから、接客は全部任せて、鍛治仕事に専念するのよ。 彼女なら、男性客にも対応できるわ」


「ああ、助かる。 私が、話ができる男は、ジュネスだけだからな」


 それを聞いて、ヒュェルリーンは、わずかに表情を変化させた。


「アイカ、ご挨拶をしなさい」


「アイカユラ・ヒヨメリ・コナコエルよ。 アイカと呼んでください」


「分かった、アイカ。 私は、カラン・リエル・エルメアーナ。 エルメアーナと呼んでくれ」


 アイカユラは、エルメアーナの自己紹介を聞くと、ヒュェルリーンに向く。


「帝国の方ですか」


「そうよ。 腕は、父譲りだから確かなのだけど、男性恐怖症だから、冒険者相手は無理なのよ」


「ああ、成程。 わかりました」


 アイカユラは、少しガッカリした様子で答えた。


 それを見たヒュェルリーンは、エルメアーナに向く。


「作った剣を見せて」


「ああ」


 後ろから、無造作に剣を鞘ごと取って、カウンターの上に置いた。


 それを見たアイカユラは、ムッとした表情をする。


「この剣、反っているわ。 斬る剣じゃないですか。 鞘に入ってこの細さじゃ、直ぐに折れてしまいます。 斬る剣なら、この倍の刃幅でも細い方ですよ」


 エルメアーナは、気にもせず、アイカユラの話を聞いていた。


「斬るなら、加重が剣に掛かります。 これだと、細すぎて、力を受けたら折れますよ」


 エルメアーナは、その剣を初めてみる人、全てが、同じ事を言うので、またかと思ったようだ。


 ヒュェルリーンは、これではまずいと思ったようだ。


「アイカ、まあ、そう言わずに、剣を抜いてご覧なさい」


 アイカユラは、剣を引き抜き、上に掲げると、剣の厚みもないので、ガッカリした。


「これじゃあ、売れませんね。 一太刀入れたら折れてしまいます」


「そう、じゃあ、切先を下ろして、刃を上に向けて」


 アイカユラは、言われるがまま、切先を床に向け刃を上に向けると、ヒュェルリーンは、ポケットからハンカチを出した。


 そして、ハンカチを広げると、剣の上に落とした。


 広げられたハンカチは、刃の上を滑る。


 ハンカチは、二つに斬れて床に落ちた。


「えっ! 」


 アイカユラは、刃の上を軽く擦れただけで斬れてしまったハンカチと、自分の持つ剣を見比べてしまった。


 明らかに、一般的な剣とは、斬れ味が異なるのだ。


「分かったかしら。 斬れ味が鋭いから、剣に掛かる加重は小さくなるのよ」


「加重が掛かるより先に、獲物が斬れてしまうってことですか」


「そういうこと」


 アイカユラは、今まで馬鹿にしたような表情だったが、斬れ味を見て表情が変わった。


「ねえ、この新技術による剣を、販売してみたいと思わない」


 その言葉を聞き、何やら思案をすると、突然、エルメアーナを睨むように見る。


 そして、ニヤリと笑う。


 そして、視線をヒュェルリーンに向ける。


「売りたいです。 私なら、半年で、大繁盛店にできます」


 アイカユラの表情は希望に満ちていた。


「ありがとうございます。 実は、この店に来るまで、私はお払い箱かと思ってったんです。 これは、私にチャンスをくれたのですね。 頑張ります」


 アイカユラは、ニヤニヤとしながら、剣を眺めて、何か考えているようだ。




 アイカユラが、エルメアーナの店の接客を始めると、エルメアーナは、鍛治に専念できるようになったので、工房に入り、受注していた剣を作り始める。


(今までは、店に出る日と、鍛治をする日に分けて仕事をしていたが、これからは、鍛治だけに専念できる。 生産量も増える)


 エルメアーナは、鍛治をしつつ、ニヤニヤしていた。


 しかし、それは、アイカユラが来て3日目に打ち砕かれた。


「エルメアーナ。 新しい注文よ。 ギルドで、男性客歓迎しますと言ったら、直ぐに受注がきたわよ」


 そう言って、テーブルの上に、石板に書かれた特注の剣の注文と、それに、既製品として販売している剣の注文を見せた。


 とんでも無い受注数を見せてアイカユラは得意そうであるが、エルメアーナは、ワラワラと震えた。


「どうかした? 注文が増えたのよ。 私が、この店を、王国一の鍛冶屋にするわ」


 アイカユラは、誇らしそうに言うと、エルメアーナが爆発した。


「お前、この注文をどうやって作るって言うんだ。 剣を打つのは私なんだ。 私の生産量も考えず、これだけの注文を取ってしまって、どうやって、この数の剣を打つんだ! 」


「えっ! 注文が足りなくて、閑古鳥が鳴いてたんじゃ、な、い、の? 」


「アホかー! 私は、鍛治に専念して、今有る注残を処理しようと思っていたんだ。 どうするんだ。 この注文」


「へ、いや、そのー。 ……」


 最初は、驚いた様子だったが、徐々に表情が戻り始める。


「コホン。 受けてしまったものは仕方がない。 剣を作りましょう」


「えっ! 」


「わかりました。 私が、生産管理もしますから、エルメアーナは、私の言う通りに仕事をしてもらいます」


「えっ! 」


「では、全てのスケジュールを組みます。 明日、説明しますので、今日は予定通り進めてください」


「はい」


 エルメアーナは、腑に落ちないような表情をするが、その日の予定をこなした。




 翌日、朝食を取り終えると、エルメアーナは、店に呼ばれた。


 店の黒板には、ぎっしりと、詰まったスケジュール表が書かれていた。


「これが、受注に対する生産計画です。 この通りなら、注文をこなせます」


 スケジュール表を指して、アイカユラが言い放つ。


「ちょっと待て、流石にこの通りなら、注文はこなせるが、これは、生産量が5割増じゃないのか? 」


「その通りです。 1日12時間働けば、余裕で作れる計算になってます」


 それを聞いて、エルメアーナは、青くなった。


 そのスケジュールの終わりは、200日後なのだ。


 日付を確認していくと、休みは、……、無い。


 200日間、12時間労働を続ければ、対応可能だと、アイカユラは宣言したのだ。


「お、お前、このスケジュール。 私が、対応、するの、か」


「はい。 私は、鍛治をすることができません」


 アイカユラは、可愛く答えた。


「食事の世話、湯浴み等は、全て、私がサポートします。 空いた時間は、エルメアーナの下着も洗濯しますから、安心して、鍛治をしてください」


 すると、アイカユラは、小さな黒板を見せた。


「これは、1日のスケジュールです。 朝、6時半起床、8時までに食事を終わらせて仕事に入ります。 12時まで4時間仕事をして、1時間半の休憩は、食事と15分の昼寝、13時半から、4時間の仕事、17時半から1時間は、夕食です。 その後、4時間の仕事をし、22時半に、その日の仕事は終了です。 その後、湯浴みをして、11時半に就寝となります」


 それを聞いて、エルメアーナは、青い顔をしているが、アイカユラは、気にすることなく、話を続ける。


「エルメアーナが仕事中に、私が全ての用意をしておきますので、1日のスケジュールが狂わないようにさせていただきます。 いかがでしょう」


 エルメアーナは、返す言葉が無く、ただ見ているだけだった。


(これを、200日間、毎日繰り返すのか)


「それでは、エルメアーナの了承も得られましたから、これに基づいて、私がサポートします」


 否定されなかった事をいいことに、顔をエルメアーナに近づける。


 その顔には、否定はさせないと書いてあるようだったので、エルメアーナは思わず頷いてしまった。




 ヒュェルリーンは、エルメアーナの店が順調に売り上げを伸ばしている事に気がついたが、今まで以上の速さで、右肩上がりなのが、気になっていた。


 様子を伺うために、ヒュェルリーンは店を訪れた。


「アイカ。 店は順調のようね」


「ありがとうございます。 良い剣ですから、宣伝さえしたら、受注は右肩上がりです」


 満足そうにアイカユラは言うが、ヒュェルリーンには、不安があった。


「ところで、エルメアーナは、どうしているの? 」


「はい、今は、工房で剣を打っています」


「ちょっと、見せてもらえるかしら」


「それより、もう、お昼ですから、ご一緒に食べませんか? 」


「そうね。 それもいいわね」


 ヒュェルリーンは、店の奥に行き、リビングに入ると、アイカユラが、3人分の食事を用意をし、エルメアーナを迎えに行った。


 戻ってきた時、連れられていたエルメアーナは、目の下に隈を作り、朦朧とした様子で着席する。


 そして、テーブルにいたヒュェルリーンを見る。


「ヒェルだ。 このデスマーチが終わったら、ヒェルの膝枕を所望する」


 それを見ると、ヒュェルリーンは、アイカユラをリビングから連れ出して説教をした。


 その後は、客先との調整を行ない、納期を伸ばすことにして、エルメアーナの負担を減らさせる事に成功させた。


 アイカユラは、反省し、無理なスケジュールを立てることはなく、エルメアーナにも弟子を世話したのだった。

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